書評

『ガダルカナルの地図―ガ島戦錯誤の進撃路』(角川書店)

  • 2017/08/15
ガダルカナルの地図―ガ島戦錯誤の進撃路  / 生江 有二
ガダルカナルの地図―ガ島戦錯誤の進撃路
  • 著者:生江 有二
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:-(250ページ)
  • 発売日:1984-07-01
著者は昭和五十七年に『無冠の疾走者たち』で第九回日本ノンフィクション賞を受賞した、実力派のノンフィクション・ライターである。終戦前後に生まれた人びと――つまり、現在四十歳前後の人びと――は、戦前派でもなくまた純然たる戦後派でもない、極めて中途半端な世代に属している。戦争の記憶はほとんどないにもかかわらず、戦争の影をひきずって幼児期を過ごさなければならなかったことが、彼らに一種独特の心理的陰影を与えていることは容易に想像がつく。

まさにこの世代に属する著者にとって、形はどうあれ本書のような作品を書き残すことは、おそらく必然的なプロセスだったであろうと思われる。本書のテーマは、ガダルカナルで日本軍が米軍に敗れた最大の理由の一つは、正確な島の地図が用意されていなかったからではないかという疑問のもとに、当時軍の管理下で地図作りに従事していた印刷工やガ島戦の生き残り兵士を訪ね歩くという、文字通り足で稼いだ貴重なレポートである。その着想の発端は、あるニセ札鑑定家が別件取材のおり著者にふと洩らした、戦時中の地図印刷の苦労話だったという。そこから発想がふくれあがり、力強い筆致で一本の太い線に形成されていく過程は、ノンフィクションものに不可欠の興奮に満ちている。

いったい太平洋戦争とはなんであったのか。自分の属する世代の原点ともいうべきこのテーマに、著者は「ガダルカナルの地図」という格好の水路を見いだしたかのごとくである。ガダルカナルの戦いを通して、太平洋戦争そのものの意味を問いなおそうとする著者の意図が、ひしひしと伝わってくる。この作品は、いわゆる戦争を知らない世代の若者に対しても、強くアピールするものをもっている。戦いにおいて地図は情報の最たるものであり、場合によってはすべてであるといっても過言ではない。地図をめぐる彼我の情報量の差は、日本が米国に外交暗号を早くから解読されていた事実とともに、決定的な敗因の一つであったといえるだろう。

本書は、ガダルカナルの戦いがなんのための戦いであり、どんな意味をもつ戦いであったかを分かりやすく説き明かす。それは驚くほど平明な戦いであるが、それだけにかえって生き残り兵士たちの悲惨な回顧談は深く胸をうつ。そこには戦争のもつ空しさが、決して大声にではなく、しかしはっきりと語られている。著者の筆致は、こじつけ的な推測も妙な思い入れもなく、極めてさわやかだ。ノンフィクションに、ある種のどぎつさを期待する向きには物足りないものがあるかもしれないが、はったりのない著者の取材態度はすがすがしい。相当の労作であるにもかかわらず、その苦労をひとかけらもこぼさないところも、懐の深さをしのばせて好感がもてる。古いうたい文句で恐縮だが、広く江湖におすすめしたい本である。

【この書評が収録されている書籍】
書物の旅  / 逢坂 剛
書物の旅
  • 著者:逢坂 剛
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(355ページ)
  • 発売日:1998-12-01
  • ISBN-10:4062639815
  • ISBN-13:978-4062639811
内容紹介:
「掘り出し物」とは、高値のつくべき古本を安く探し出すことではなく、自分一人にとって、掛けがえのない価値のある本と出会うこと。世界一の古書店街、神保町を根城とする名うての本読みが、自信をもってすすめる納得の本、本、本。作品別の索引がついた、絶対に面白い本の読み方、楽しみ方を綴る書物エッセイ。

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ガダルカナルの地図―ガ島戦錯誤の進撃路  / 生江 有二
ガダルカナルの地図―ガ島戦錯誤の進撃路
  • 著者:生江 有二
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:-(250ページ)
  • 発売日:1984-07-01

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初出メディア

週刊東洋経済

週刊東洋経済 1984年8月25日

1895(明治28)年創刊の総合経済誌
マクロ経済、企業・産業物から、医療・介護・教育など身近な分野まで超深掘り。複雑な現代社会の構造を見える化し、日本経済の舵取りを担う方の判断材料を提供します。40ページ超の特集をメインに著名執筆陣による固定欄、ニュース、企業リポートなど役立つ情報が満載です。

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