書評

『欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界』(中央公論新社)

  • 2018/01/02
欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界  / 遠藤 乾
欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界
  • 著者:遠藤 乾
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(294ページ)
  • 発売日:2016-10-19
  • ISBN:4121024052
内容紹介:
EUは崩壊するのか、それとも…?一九九三年に誕生し、単一通貨ユーロの導入などヨーロッパ統合への壮大な試行錯誤を続けてきたEU(欧州連合)。だが、たび重なるユーロ危機、大量の難民流入、続発するテロ事件、イギリスの離脱決定と、厳しい試練が続いている。なぜこのような危機に陥ったのか、EUは本当に崩壊するのか、その引き金は何か、日本や世界への影響は…。欧州が直面する複合的な危機の本質を解き明かし、世界の今後を占う。

EUの混迷から読む国家論

EUの草創期にみずから身をもって参加し、名著『統合の終焉(しゅうえん) EUの実像と論理』を書いた著者は、当然、EUの理想の強い支持者である。だが誠実な研究者であるこの人は、その現在の困難をだれよりも直視し、危機の深刻さを知悉(ちしつ)する人でもある。今回の新著は英国のEU離脱決定の直後に書かれ、著者の目は一段と冷徹に混迷の深部に向けられている。

EUの絶頂期は21世紀初頭、通貨統合と国境撤廃を果たし、旧冷戦の壁を破って東欧進出に成功し、加盟国数が25に達したときであった。だが著者の見るところ、危機もまた2005年、欧州憲法の草案が成立したにもかかわらず、これがフランスの国民投票によって否定されたときに始まっていた。

これを契機に参加諸国の内部で反対の機運が高まり、憲法、元首、軍隊を持つ欧州合衆国建国の夢は終焉した。EUの根本精神が死んだわけだが、これがすでに組織の最盛期に生じていたと著者は見るのである。

それ以来、EUという国家があって、傘下に従来の国民国家があるという二重構造が欧州の宿命となった。これほど根源的な背理があれば、ギリシャの財政破綻と叛乱(はんらん)が生じ、英国の離脱が現実のものとなり、その他の国々でも離脱志向の右翼勢力が拡大するのは、当然だろう。そこへ中東の崩壊と難民の襲来という外患が迫ったのだから、EUの解体を囁(ささや)く声が聞こえても不思議ではない。

しかし見方を変えれば、これだけの困難を複合的に抱えながら、EUはよくもここまで持ちこたえているといえなくもない。ギリシャは加盟国に留(とど)まり、類似の疲弊国家にも離脱の動きはなく、英国の離脱後に他国で実施された世論調査では残留派が僅かながら増えている。

テロに怯(おび)えながらもすでに膨大な量の難民を受け入れているし、EUの規則を曲げることなく、受け入れた難民の人権を守って域内の自由な移動も認めている。外交面では、ロシアを除けば敵対する域外国もない。

EUの粘りは奇跡のようにも見えるが、考えればそもそも、国家の安定は程度の差はあれ、従来の国民国家においても危機を孕(はら)んでいるのが本来であった。英国はスコットランドや北アイルランド、スペインはカタルーニャの分離独立を抑えながら統一を保ってきた。どんな国家も内部に地域共同体を抱え、統治の二重構造を潜在させているのである。

私見だが、国家とは風俗習慣の共通性を基盤とし、それが生む法と制度によってさらに紐帯(ちゅうたい)を強められ、この循環のもとで歴史的に熟成された共同体である。独裁制、封建制、民主制など政治形態も国家を支えるが、国家はむしろそうした政体の変化を乗り越えて同一性を守ってきた。国家の形成と維持は、長い熟成の時間を要するものなのである。

EUの歴史はまだ1世紀にも満たず、それが自分よりはるかに古い諸国家を傘下に置こうとしているわけである。これが解体しないのは、著者が密(ひそ)かに暗示するように、欧州文明の希有(けう)の伝統があるからだろう。

現にEU再編論のなかに中心を草創期の6カ国に限ろうという主張があって、独仏を核とするこの同盟を「カロリング朝欧州」と呼ぶ人がいるという。EUの正当性をカール大帝に遡(さかのぼ)る歴史に求める言説であって、冗談とはいえ事の本質をついているといえる。

いずれにせよ、EUは国家とは何かを問う壮大な社会実験の試みである。それを正面から描く本書が巻末にいたって、しだいに秀抜な国家論の観を呈してゆくのは当然といえるだろう。
欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界  / 遠藤 乾
欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界
  • 著者:遠藤 乾
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(294ページ)
  • 発売日:2016-10-19
  • ISBN:4121024052
内容紹介:
EUは崩壊するのか、それとも…?一九九三年に誕生し、単一通貨ユーロの導入などヨーロッパ統合への壮大な試行錯誤を続けてきたEU(欧州連合)。だが、たび重なるユーロ危機、大量の難民流入、続発するテロ事件、イギリスの離脱決定と、厳しい試練が続いている。なぜこのような危機に陥ったのか、EUは本当に崩壊するのか、その引き金は何か、日本や世界への影響は…。欧州が直面する複合的な危機の本質を解き明かし、世界の今後を占う。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2017年2月26日

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