書評

『Crazy Rich Asians』(Corvus)

  • 2018/03/13
Crazy Rich Asians / Kevin Kwan
Crazy Rich Asians
  • 著者:Kevin Kwan
  • 出版社:Corvus
  • 装丁:ペーパーバック(416ページ)
  • 発売日:2014-05-20
  • ISBN-10:1782393846
  • ISBN-13:978-1782393849
内容紹介:
When Rachel Chu agrees to spend the summer in Singapore with her boyfriend, Nicholas Young, she envisions a humble family home and time with the man she might one day marry. What … もっと読む
When Rachel Chu agrees to spend the summer in Singapore with her boyfriend, Nicholas Young, she envisions a humble family home and time with the man she might one day marry. What she doesn't know is that Nick's family home happens to look like a palace, that she'll ride in more private planes than cars and that she is about to encounter the strangest, craziest group of people in existence. Uproarious, addictive, and filled with jaw-dropping opulence, Crazy Rich Asians is an insider's look at the Asian jet set; a perfect depiction of the clash between old money and new money - and a fabulous novel about what it means to be young, in love, and gloriously, crazily rich.

ハリウッドの白人偏重「ホワイトウォッシング」は変えられるか?

白人以外の登場人物を白人の俳優が演じる「ホワイトウォッシング」。ハリウッドでは現在もこの人種差別的な慣行が続いているが、観客側からの批判は強くなっている

「リベラル」な思想のリーダー的存在であることを誇りにしているハリウッドの映画界だが、最近話題になっている性暴力やセクハラの温床になってきたことなど、偽善的なところも目立つ。ハリウッドの偽善のひとつが「ホワイトウォッシング」だ。

「ホワイトウォッシング」とは、もともとは壁に「しっくい」を塗って白くすることを意味する表現だが、映画界ではダークな肌を白く塗りつぶすことを意味する。つまり、原作では黒人、ヒスパニック、ネイティブアメリカン、アジア人といった非白人(people of color)の主要人物を、映画で白人の俳優に置き換えてしまうことだ。

このような環境ではマイノリティの俳優が活躍する場がなくなり、才能を認められる機会がない。その結果、アカデミー賞の主演男優・女優と助演男優・女優にノミネートされる俳優も白人が主になる。

この状況に抗議するハッシュタグ #OscarsSoWhite (オスカーはとっても白い)は、2015年にソーシャルメディアのトレンドになった。それなのに、翌年2016年のアカデミー賞にノミネートされた20人の俳優すべてが白人だった。

その年に司会を務めた黒人コメディアンのクリス・ロックは、オープニングで「司会もノミネートするのだったら、僕はこの仕事をもらっていなかった」とジョークでこの問題を取り上げた。

ハリウッドのホワイトウォッシングとアメリカの人種差別の歴史は切り離せない関係にある。

アメリカでは、奴隷制度が廃止された後も、特に南部では人種差別が公然と行われてきた。悪名高いのが、「ジム・クロウ法」と呼ばれる南部の州での人種隔離法だ。黒人は白人と同じレストランで食事をしたり、同じ学校に行ったり、同じトイレを使うことは許されていなかった。異なる人種間での結婚も法で禁じられていた。こんな時代に黒人俳優を映画の主役に起用するのが不可能だったのはわかる。

1950年代から「ジム・クロウ法」廃止と公民としての平等な権利を求める公民権運動が高まった。そして、1965年にようやく公民権法が制定され、1967年には異人種間での結婚を禁じる法が廃止になり、社会的な認識は高まった。

しかし、国民の間に「人種差別はいけないことだ」という認識が広まるのには時間がかかった。そして、この時点でも、社会を動かす金と権力を持っているのは、圧倒的に白人男性だった。

ホワイトウォッシングの例として非常に有名なのが、この時代に作られた『ティファニーで朝食を』だ。1961年公開のこの映画には、コメディ的キャラクターとして日本人の家主Yunioshiが登場する。

細い目、近眼、出っ歯、風呂に入っているなど、日本人をよく知らない白人が想像し、笑いものにするステレオタイプだ。しかも、演じているのはミッキー・ルーニーという白人だった。

現在では最も侮辱的なホワイトウォッシングの例として知られているのが、当時の観客はルーニーの演技に大笑いし、ニューヨークタイムズ紙の映画評論ですら「おおむねエキゾチック(broadly exotic)」と好意的だった。

この時代には、それ以外にも驚くようなホワイトウォッシングが当然のように行われていた。

1956年公開の『征服者(The Conqueror)』でジンギスカンを演じたのは、カウボーイ映画で有名なジョン・ウェインで、1965年公開の『オセロ』でムーア人(北西アフリカのイスラム教徒)を演じたのは青い瞳が印象的なローレンス・オリヴィエだった。

これら2つの例のように、白人の俳優がアジア人に見えるようメイクするのは「イエローフェイス(yellowface)」、白人俳優が黒人を演じるときに肌を黒く塗るのは「ブラックフェイス(blackface)」と呼ばれ、ハリウッドではあたりまえのようになっていた。

社会的な認識が欠けていた時代のこととはいえ、今これらの映像を見ると滑稽で吹き出してしまう。

ところが、この侮辱的で滑稽なイエローフェイスやブラックフェイス、そしてホワイトウォッシングは21世紀の今でも続いているのだ。

2014年公開の『エクソダス:神と王(Exodus: Gods and Kings)』は、旧約聖書の出エジプト記を元にしたものだ。この映画でのモーゼがウェールズ出身のクリスチャン・ベールで、ラムセスがオーストラリア出身のジョエル・エジャートンだというのは、ジョン・ウェインのジンギスカンやローレンス・オリヴィエのオセロと同レベルだ。

半世紀以上経ってもハリウッドの態度がそう変わっていないことに、いまさら唖然とする。

変わったのはハリウッドではなく、ホワイトウォッシングを批判し、ボイコットしはじめた観客のほうだろう。

(次ページに続く)
Crazy Rich Asians / Kevin Kwan
Crazy Rich Asians
  • 著者:Kevin Kwan
  • 出版社:Corvus
  • 装丁:ペーパーバック(416ページ)
  • 発売日:2014-05-20
  • ISBN-10:1782393846
  • ISBN-13:978-1782393849
内容紹介:
When Rachel Chu agrees to spend the summer in Singapore with her boyfriend, Nicholas Young, she envisions a humble family home and time with the man she might one day marry. What … もっと読む
When Rachel Chu agrees to spend the summer in Singapore with her boyfriend, Nicholas Young, she envisions a humble family home and time with the man she might one day marry. What she doesn't know is that Nick's family home happens to look like a palace, that she'll ride in more private planes than cars and that she is about to encounter the strangest, craziest group of people in existence. Uproarious, addictive, and filled with jaw-dropping opulence, Crazy Rich Asians is an insider's look at the Asian jet set; a perfect depiction of the clash between old money and new money - and a fabulous novel about what it means to be young, in love, and gloriously, crazily rich.

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初出メディア

Newsweek日本版

Newsweek日本版 2017年11月9日

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