書評

『情報戦に完敗した日本―陸軍暗号”神話”の崩壊』(原書房)

  • 2017/07/11
情報戦に完敗した日本―陸軍暗号"神話"の崩壊 / 岩島 久夫
情報戦に完敗した日本―陸軍暗号"神話"の崩壊
  • 著者:岩島 久夫
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(203ページ)
  • 発売日:1984-10-00
  • ISBN-10:456201511X
  • ISBN-13:978-4562015115
すでによく知られていることだが、太平洋戦争のさなか山本五十六元帥の搭乗機が敵機に撃墜されたのは、元帥の視察飛行を伝えるわが海軍の暗号電報が、米国側に解読されていたためであった。さらに真珠湾の奇襲も、米国が日本の外交暗号電報を解読して事前に察知していた形跡があるところから、あれは奇襲でもなんでもなく、国民を対日戦争に駆り立てるためのルーズベルト大統領の陰謀だった、とする根強い主張がある。

このように、日本の海軍暗号と外交暗号が米国側に傍受解読されていたことは、今では周知の事実になっている。しかし陸軍の暗号についてはほとんど解読されることなく、安泰であったというのが従来の通説であった。ところがその陸軍の暗号まで、実は米国側に解読されていたという事実を、本書は初めて明らかにした。著者は防衛庁戦史部勤務という立場から、ここ数年米国で解禁された日本の暗号電報の解読文書を分析し、外交・軍事にわたる機密情報がいずれも米国側に筒抜けになっていた事実を突きとめたのである。本書はその研究成果をまとめたもので、なるほど著者の主張するとおりならば、日本が負けたのも当然だったと考えさせられてしまう。ただし、陸軍の暗号まで解読されていたかどうかについては、当時の陸軍の暗号関係者の間から反論も出ているので、にわかにその正否を判断することはできない。

それはさておき、本書はいろいろな意味で情報が持つ重要性を再認識させてくれる。著者は太平洋戦争を、ヨーロッパ戦争の延長線上に位置づける立場をとっており、その史観を現代の世界情勢に反映させようとする。太平洋戦争における情報戦を、単に歴史の研究課題として取り上げるだけでなく、そこから現代への教訓を引き出そうとする著者の姿勢は、情報化社会に生きるビジネスマンにとっても大いに参考になるものを含んでいる。

本書に取り上げられている機密解禁文書の中心は、日本の外交暗号を解読したいわゆる「マジック・サマリー」である。この中には、二年ほど前NHKで放映されたスペイン人ベラスコのスパイ網「東機関」の活動も、かなり具体的に描き出されている。しかし「東情報」の多くが英国の二重スパイ機関(XX委員会)につかまされた偽情報であったり、米国在住の諜報員が苦し紛れにでっちあげたガセネタであったりしたことに本書が触れていないのは、いささか物足りない気がする。さらにもう一つ、著者が「マジック文書の中に、戦中、情報を盛んに送ってくるスペインで暗号を盗まれているのではないかとの疑いをもった外務省が、お隣りポルトガルの森島公使をして秘かに調査を進めさせ、それがわかって(スペインの)須磨公使が激怒するというエピソードがある」と書いているのは明らかにマイクロフィルムの読み違いで、事実は須磨が調査して森島が激怒したのが正しいことを指摘しておく。

いずれにせよ本書は、扱われている分野が未開拓なだけに、価値ある労作ということができる。しかし今の段階ではまださわりに過ぎず、今後さらに綿密な研究分析を経たうえで、本格的なレポートが出版されることを望みたい。

【この書評が収録されている書籍】
書物の旅  / 逢坂 剛
書物の旅
  • 著者:逢坂 剛
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(355ページ)
  • 発売日:1998-12-01
  • ISBN-10:4062639815
  • ISBN-13:978-4062639811
内容紹介:
「掘り出し物」とは、高値のつくべき古本を安く探し出すことではなく、自分一人にとって、掛けがえのない価値のある本と出会うこと。世界一の古書店街、神保町を根城とする名うての本読みが、自信をもってすすめる納得の本、本、本。作品別の索引がついた、絶対に面白い本の読み方、楽しみ方を綴る書物エッセイ。

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情報戦に完敗した日本―陸軍暗号"神話"の崩壊 / 岩島 久夫
情報戦に完敗した日本―陸軍暗号"神話"の崩壊
  • 著者:岩島 久夫
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(203ページ)
  • 発売日:1984-10-00
  • ISBN-10:456201511X
  • ISBN-13:978-4562015115

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初出メディア

週刊東洋経済

週刊東洋経済 1984年12月1日

1895(明治28)年創刊の総合経済誌
マクロ経済、企業・産業物から、医療・介護・教育など身近な分野まで超深掘り。複雑な現代社会の構造を見える化し、日本経済の舵取りを担う方の判断材料を提供します。40ページ超の特集をメインに著名執筆陣による固定欄、ニュース、企業リポートなど役立つ情報が満載です。

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