書評

『日本人とリズム感 ―「拍」をめぐる日本文化論―』(青土社)

  • 2018/02/09
日本人とリズム感 ―「拍」をめぐる日本文化論― / 樋口桂子
日本人とリズム感 ―「拍」をめぐる日本文化論―
  • 著者:樋口桂子
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(299ページ)
  • 発売日:2017-11-24
  • ISBN:4791770285
内容紹介:
「あなたはリズム感が悪すぎる!」突きつけられた衝撃の一言。どうしてリズム感が悪いのか。そんな素朴な疑問からはじまったリズムの謎をめぐる冒険は、文学・絵画・歴史・文化・風土などあらゆるジャンルを横断して、西洋とはまったく違う日本独自のリズムの正体を明らかにしていく―。リズムをめぐる謎から描き出される、おどろきと発見の日本文化論。

前言語的、経験則としての感性

一つのエピソードが手引きになっている。かなり前のことだそうだが、友人とタクシーに乗っていた。友人の友人であるイタリア人の男性もいっしょで、ローマから着いたばかり。カーラジオの女性の声にイタリア人が心配そうにたずねた。「彼女は腹でも痛いのか」。都はるみの「アンコ椿……」の絞り出すような歌声が、イタリア人には腹痛を訴えているように聞こえたらしい。

それ以上に「私」には気になった。友人はイタリア暮らしが長く、流暢(りゅうちょう)なイタリア語を話し、身振り、手の動き、肩をすくめる仕草などもすべてイタリア人生き写しだが、でも何か違うと思えてならない。どこか違う。「なんとも異質な感覚が肌をなでる」

たいていの人に同じような経験があるのではなかろうか。言葉の背後にひそんでいる言葉以前の何か。気になるが、そのうち忘れてしまう。言葉以前であって、口では言いにくいのだ。

ここではそれが「リズム感」と、端的にとりまとめてある。ふだんは誰も意識せず、考えもせず、当然のこととして対処していること。むつかしく言えば、言語以前の経験則の性格。ひろくは日本人の感性であるとともに、その感性を養った「文明の感性」でもある。ごく平易なタイトルのもとに、どんなにひろい視野をひらいてくれるかがおわかりだろう。

まずは音の聞き取り方。人は無意識に音を選別しており、しばしば聞こえていても聞いていない。リズムには生命の本源につながる何かが含まれている。

そしてリズムは、おのずと身体の動きや息づかいや発声にかかわってくる。「リズムの方向性」をたどる道筋が新鮮だ。もとよりリズム感は身体だけではなく、心や感情に介在している。人は好ましいと思うものは、それと知らずにまねているものだが、リズム感と模倣とが微妙に重なり合っていないか。そこから「リズムの型」まで、ほんの一歩なのだ。前言語状態が型に移行するプロセスがなんとも刺激的だ――。

こんなふうに紹介するのは、実は不正を犯したことになる。この本の魅力は、手ぎわのいい着眼と、分析と、総合ではないのだ。リズム感が認識とかかわるあたりから、大胆な推論、いや、立論に移っていく。

ヨーロッパの人たちがとりわけ動きに対してリズムを捉えるのに対して、日本人は静かな安定したリズム感をもった。それは『もの』の動きに目を向けるよりも、『もの』から『こと』を見てとり、『こと』の中にリズムを感じ取ったからである。

ここで言われる「もの」と「こと」につき著者みずからが問いかけをして、さまざまな例証をあげながら論じていく。あれよあれよというまに「もの」の形而上(けいじじょう)学に触れ、「こと」の言語学に至るのは、言葉はいや応なく韻律を伴うものであって、つまりはリズムをつくり、当然のことながらリズム感の問題につらなってくる。

人はなにげなく口にするものだ。「生きることは苦しいものですよ」。ふだんは気づかないことだが、「こと」と「もの」とがちゃっかりと入りこんでいる。では「悲しい」と「もの悲しい」、「わたしを忘れてください」と「わたしのことを忘れてください」とは、ともに何が、どう違うのか。テンポのいい語り口を通して、おのずと日本語の特性が浮かび出る。

「リズムの中景」といった表現を初めて目にしたが、画人宗達や光琳、北斎をとりあげて、遠景と近景をつなぐものの欠如を語っていく。西欧の遠近法と対照的な構図を取ったのはなぜか。あるいは逆に「中間の部分を大きく広げて遠近の対立をぼかす」手法を採用した。見る者は横方向に誘われ、その目は「円弧を描いて、画面の上をまさぐるように彷徨(ほうこう)する」ことになる。このような絵画における距離のつくり方、中間の処理の仕方にも、色濃くリズム感が関係している。

リズム感を軸にして、警抜な日本文化論が展開されていく。つづく章には「『ソ』の裏側」と奇妙な章名がつけられていて、「拍」が正面からとりあげてある。拍とウラ拍。「ウラ(裏)拍」とは、拍と拍との間の拍のこと。「あとがき」より、自分をそっと重ねたぐあいだが、大人になって楽器を習い始めた人が、とりわけ手こずる一点だそうだ。章名のいう「ソ」には「ア」と「コ」を対比させて、ソノ・アノ・コノ、あるいはソノコロ・アノコロ・コノコロなどと変化させてみると、論証の方向が見えてくるだろう。曖昧な「ソ」が生まれた背景の一つに「稲作を主とする日本人のリズムの感覚」があるという。労苦の多い稲作労働には、「皆が同じ拍を共有」するなかで、同じリズムで田を耕し、同じ動きで稲を刈る。日本人の代表的な踊りにあたる盆踊りがまさしくそうだろう。何十人いようとも全員が輪になって一斉に同じ仕草で踊りつづける。

日本的リズム感の考察、それに立論の爽快さが、予期しない遠くへといざなっていく。久し振りに読書の愉悦にみちた時だった。
日本人とリズム感 ―「拍」をめぐる日本文化論― / 樋口桂子
日本人とリズム感 ―「拍」をめぐる日本文化論―
  • 著者:樋口桂子
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(299ページ)
  • 発売日:2017-11-24
  • ISBN:4791770285
内容紹介:
「あなたはリズム感が悪すぎる!」突きつけられた衝撃の一言。どうしてリズム感が悪いのか。そんな素朴な疑問からはじまったリズムの謎をめぐる冒険は、文学・絵画・歴史・文化・風土などあらゆるジャンルを横断して、西洋とはまったく違う日本独自のリズムの正体を明らかにしていく―。リズムをめぐる謎から描き出される、おどろきと発見の日本文化論。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2017年12月24日

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