しかし右(事務局注:上)に言ったように、権力者と雖(いえど)も意味なく戦うことができないので、戦うに当たってはなんらかの大義名分が必要で、そのため、思想とかそうしたものを自分で作ったり、それができない場合は人を雇って作って貰い、それを掲げて戦うのである。
そんな面倒くさいことをするのであれば最初から戦わなければ善いではないか、てなものであるが、それは民衆の考えであって、戦わない権力者は権力者ではない。
だから民衆が権力者に戦いを挑むということはよほどのことであり、そこに権力者と権力者の戦いに不可欠な思想はない。じゃあ、なにがあるかというと、それは今も昔も共通の、民衆にとっての最大の関心事、すなわち日々の生活、たつき・活計が立ちゆかなくなったとき、というと今なれば、ガス水道電気が止まる、とか、家賃が払えない、なんて考えるが、この小説ははっきり言って五百年前の話で、電気とかガスとかそういったものは最初からなく、生活が成り立たないというのはもう端的に飯が食べられない、食うものがなにもない、という一事があるのみである。
なので、そこを書かないことにはこの話が成り立たない。というか、それしか書くことがない。だからそこを書いた。というのが一応の説明なのだけれども、もちろんそれだけでは、この小説がこれほどの大きな作品になった説明になっていない。
じゃあなにがあったのかというと、それが作者が、「書きたかったから書いた」ということの、その書きたかった気持ち、心がそのときそこにあったことと深く関わっていると思うのだけれども、そこにそれともうひとつ重要な、信仰の問題、というのが、もうひとつの柱としてあるからである。と言うと、「いいじゃん。柱なんてものは多い方がいいんだよ。一本柱よりも二本柱、二本柱よりも四本柱の方がより安定して屋根を支えることができる。それが文学の強度に繋がっていくのやで」と言って星を見つめてシシャモを食べて焼酎を飲む人が出てくるかも知れないが、ここにおいてはその理屈は成り立たなくて、この二つの柱は矛盾するというか、この世にそんな建築は存在しないが、逆向きに建っているのである。
どういうことかというと、生活が成り立って楽勝で生きる、というのは誰もが望むことでそれができないから、本来、そんなことはしたくないのに戦うのだけれども、もうひとつの信仰という観点から考えると、人間の最終的な目的は神の国に行くことなのだが、神の国に入るためには一定の条件を満たさなければならない。それをはっきり言うと、この世で苦しむことで、なぜかというとこの世の楽しみと苦しみは一定で、誰かが楽しく暮らしているということは、その人が、この世に存在する苦患(くげん)を引き受けておらず、誰かにその負債を負わせており、その分の、この世の苦患は別の誰かが引き受けているということになってしまうからで、自分のこの世での楽勝を願い、もしそれが叶ってしまったら、神の国に入居できる確率がかなり下がってしまうのである。天草四郎時貞は割と初めの方で以下のように言う。
「この世を超ゆるところに見ゆる今ひとつの世とは、燎原の火の中からあらわれてしずもる、花野のごときところかと思い申す。わたくしには、山野や町を灼き尽くす炎が見えまする。その劫火をくぐらねば、真実の信心の国に到ることはできぬのではござりますまいか」
そんなことで民衆蜂起の直接の原因は領主の苛斂誅求による飢餓だけれども、目的は苦しみを受けて死んで神の国に入る・パライゾに生まれ変わることであり、この二本柱が逆の方向に向いて建っていることが、そこへ作者がひとつの屋根をかけようとしていることが、この作品を大きな作品にしているのである。だからこれは通常の、この世での生存を求めての一揆とは随分と様相が異なっていて、そうした運動と信仰の矛盾点のようなものがいろんなところで露わになっている。
民衆とー口に言うけれども、民衆にもふた色ある。それは、文字が読める人たちと読めない人たちで、読める人たちは乙名役や庄屋といった村役を務め、身分は民衆の側にあり、心情的にも民衆の側に立っているが立場的には権力者の末端に連なっている。この人たちのなかには権力闘争に敗北して滅んだ権力者の周辺にかつていて、いまは帰農している人たち、すなわち有馬の旧臣、小西の旧臣といわれる人たちでこの人たちは文永・文禄の役や関ヶ原の戦いを知っていて、つまり戦争のやり方を知っている。この人たちは例えば戦術のことをつい考えてしまう。こうやったら何人の敵を殺せる。この拠点を押さえれば何ヶ月持ちこたえることができる。或いは、このような交渉をすれば相手からこれだけの譲歩を引き出すことができるのではないか。そうすれば戦争を回避できるのではないか、といったようなことも考える。また、この人たちのなかには外国から来た宣教師から直接、教義を学び、ギリシア語やラテン語で書かれた書物を読みこなして、専門家としての見識を有して、どうやつたら正しい信仰生活を送ることができるか、を人に教え、導くことができる者もいる。
その一方で大多数の文字を解さぬ民衆がいる。この人たちは自分で作った小屋のような家に住み、持ち物はボロボロの衣類と椀と鍋が夫夫ひとつずつ、みたいな生活をしている。いよいよ追い詰まってきて、村役人としてこの人たちに現状を説明しつつ、これからどうしていくかを相談するために開かれた村の全体集会での、この人たちの発言は驚くべきもので、文字を解する人たちは、とりあえず先方の理解を促して補助金なり一時金なりを求めていく。それがうまくいかなかったらそのときは改めて考える、というきわめて当たり前の、誰が考えてもそうなるであろうという発言をする。ところが文字を解さぬ人はというと、すべての原因は天候不順による不作であるが、天候不順の原因、例えば日照不足は私たちの信仰不足にあるのではないか、と正式の会議が終わった後に話し合う。私たちはこそこそせず堂々と祈りたい。それが最大の望みだ、という意味のことを言う。
これを文字を解する人たちはどう受け止めたか。これが単なる修羅と餓鬼の戦いであれば、「そんなことを言ってたら負ける」と言って相手にしない。けれども根底に信仰があるこの文字が読める民衆は、もしかしたら自分が間違っていたのではないか、と思い、反省する。そして、書記係の若い人が、「こういう百姓、漁師たちの話を、わしは今までちゃんと聞きとめていなかった」と思う。
「四、五人が座になって交わされているやりとりを、彼は急いで別紙に書き留めつけ始めた。」と本文にある。すなわち、「聞き書き」の手法である。
こうして文字を解する人が文字を解さぬ人と生死を共にして、その都度、戦術・戦略と信仰、教義・玄義とされているものと信仰、その他すべてのこの世の有り様と信仰の、隠れていた矛盾点、対立点が明らかになっていき、文字を解する人が驚き迷いつつ認識を新たにしていく、というのが、この作品のひとつの流れとなっている。すなわちこれを一揆指導層の驚愕と目覚めの物語ということができるのである。そのとき読者である私ももちろん同時にどつきまわされている。
(次ページに続く)