書評

『珍品堂主人 - 増補新版』(中央公論新社)

  • 2018/03/22
珍品堂主人 - 増補新版 / 井伏 鱒二
珍品堂主人 - 増補新版
  • 著者:井伏 鱒二
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(250ページ)
  • 発売日:2018-01-23
  • ISBN:4122065240
内容紹介:
風が吹かないのに風に吹かれているような後姿には、料亭〈途上園〉に夢を託した骨董屋・珍品堂主人の思い屈した風情が漂う――。善意と奸計が織りなす人間模様を鮮やかに描く。表題作に自作解説エッセイ、珍品堂との買出し紀行を綴った一文を併せた決定版。巻末エッセイ・白洲正子 【井伏鱒二生誕120年】

董は人格をものがたる 作家の自論と心情が見え隠れする

今年は井伏鱒二生誕百二十年にあたるとのこと、この機に合わせて刊行された増補新版の文庫『珍品堂主人』が興趣に富んでいる。

中編小説「珍品堂主人」は、骨董(こっとう)の真贋(しんがん)をめぐる泥くさい駆け引きを描いた作品で、『中央公論』1959年1月~9月号に連載、同年末、中央公論社から単行本が刊行された。60年には、さっそく豊田四郎監督の東宝作品として映画化(主演は森繁久彌、淡島千景)されている。私が初めて読んだのは、古書店で購入した函(はこ)入りの単行本だったのだが、これがみょうに胸がざわめく作品なのだ。

珍品堂主人は五十七歳、戦前は教師だったが、趣味が高じて、といえば聞こえはいいが、ようするに惚れ込んだものを手中にする快楽に取り憑(つ)かれて骨董屋になってしまった男。本人は美術鑑賞家としていっぱしのつもりだが、真贋の査定や値付け、売り買いの様子から、世間は揶揄(やゆ)をふくんで珍品堂と呼ぶ。骨董の世界はキツネとタヌキの化かし合い、怪しい火箸が「巡査の月給一箇月分」で売れたりすると、珍品堂はがぜん対抗心を燃やす。

骨董は女と同じだ。他の商売とは違う。変なものを掴むようでなくっちゃ、自分の鑑賞眼の発展はあり得ない。骨董にも女にも、相場があるようで相場がないものだ。持つ人の人格で相場がある

強引に納得してみるものの、ますますズブズブに。備前の酒徳利やら大和古印やら誕生仏やら、めぼしい骨董品が現れるたび奸計(かんけい)うず巻き、そのたび翻弄(ほんろう)されたり、悪巧みを企てたり。美と欲望が絡んで魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蠢(うごめ)きはじめるさまを、半分突き放して乾き気味に描く。

井伏鱒二は、かつて盛んだった若手文士の集まり、阿佐ヶ谷会の中心メンバーだった。しばしば骨董鑑賞会が開かれ、とりわけ骨董に入れ込んだのは、青柳瑞穂、太宰治、川端康成、横光利一ら。議論白熱、骨董をめぐる厳しいやりとりは芸術論そのものであったはずだ。その渦中、井伏鱒二は自分のなかに珍品堂を棲(す)まわせていたのだろうか。

珍品堂の持論として、こう語らせている。

乾山にしても、芸術家らしさが無くなったときにいいものをつくっている。おのれを出した焼物にろくなものはない。焼物は芸術作品とは違う。要は、見る人が芸術品として感ずるかどうかであって、見る人の目の如何にある

小説中あちこち、ナマの心情が吐露されて興味深い。

物語の後半はドタバタの様相を呈する。珍品堂は金策に行き詰まって借金し、高級料亭を始めて繁盛するのだが、妖しいお茶の師匠、蘭々女が現れ、巧妙な乗っ取り作戦を仕掛けてきたからさあ一大事……。

このたび、巻末に収録された白洲正子のエッセーは、珍品堂主人のモデルとなった秦秀雄の人物論であり、骨董論であり、井伏作品の解題としても読みごたえがある。本作を最初に読んだときは面白さがわからなかったと書き、しかし、のちに再読、「秦さんのいやらしさも、面白さも、意地の悪さも、人の善さも、あますところなく書きつくしてあった」。小説に人物評論を重ね合わせる愉しみ。作家井伏鱒二の奥行きをさらに発見する一冊である。
珍品堂主人 - 増補新版 / 井伏 鱒二
珍品堂主人 - 増補新版
  • 著者:井伏 鱒二
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(250ページ)
  • 発売日:2018-01-23
  • ISBN:4122065240
内容紹介:
風が吹かないのに風に吹かれているような後姿には、料亭〈途上園〉に夢を託した骨董屋・珍品堂主人の思い屈した風情が漂う――。善意と奸計が織りなす人間模様を鮮やかに描く。表題作に自作解説エッセイ、珍品堂との買出し紀行を綴った一文を併せた決定版。巻末エッセイ・白洲正子 【井伏鱒二生誕120年】

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2018年3月18日増大号

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