書評

『保守の遺言:JAP.COM衰滅の状況』(平凡社)

  • 2018/03/23
保守の遺言:JAP.COM衰滅の状況 / 西部 邁
保守の遺言:JAP.COM衰滅の状況
  • 著者:西部 邁
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:新書(304ページ)
  • 発売日:2018-03-01
  • ISBN:4582858724
内容紹介:
世界の状況や衰滅の色がますます濃くなる日本の状況が僕の目と耳と頭に流れ込んできて止むことがない──。稀代の思想家、絶筆の書。

張り詰めた論理と覚悟が漲る

一月二十一日の早朝(というより深更)、西部氏は縄でみずからを縛り入水した。筆者は二日後の密葬に参列したが、棺の中から「どうだ、うまくやったろ?」と語りかけてきそうな綺麗(きれい)な死に顔だった。

本書口述の手直し完了が前年の十一月三十日。それからテレビの収録を四回すませ、あとがき執筆が一月十五日。それで公的な活動をすべて終え、縄や現場に残す遺書を準備したのだろう。密葬ではソプラノ歌手らによる「ダンチョネ節」斉唱があったが、予期していたのだとすれば計画が完璧すぎる。それほど感動的な歌であった。

自裁の理由は前著『保守の真髄』(講談社現代新書)で明かされた。自分が「病院死」したときに迷惑をかけて構わないほどの契りを交わしたのは亡妻のみ。愛娘であっても焼かれた世話への返礼が十分にできないというのだが、筆者は本書に描かれた矜恃(きょうじ)の持ち方が大きいと思う。「ヨッパラッテ意味不明の言動を他者にみせつけてしまうような醜態をさらしたことが、たぶん他人を信じないという警戒心が強すぎるせいなのであろう、……一度もない」。病院で痛がる様を「醜態」とみなし、妻以外の誰にも見せたくない。そうした公/私の区別が、西部氏の考える「徳」である。

亡き親友の夫人に自裁用の拳銃を預かるよう依頼したという。「不法であっても合徳であれ」という信念は、そんな異様な振る舞いにも直結した。本書は顧問を務めた雑誌『表現者』に連載した状況論に加筆したものだが、「徳」を求め張り詰めた論理と覚悟が漲(みなぎ)っている。

西部氏はゆるんだ言葉遣いを忌み嫌った。それはまずは世界の大状況を直視せず、アメリカの核の傘の下に隠れて平和主義を唱える勢力に向けられる。大状況とは米中露の覇権争いを軸とする来たるべき世界戦争のことで、前哨戦が現下の米朝対立という見立てだ。背後には、利潤率の最大化をめざす「仕組みと運動」である資本主義が臨界点に達したことがある。アメリカの個人ファンドは労働節約型の技術革新に資金を注ぎ込み、長期的な内需不足を招いて、政府を動かし侵略戦争を仕掛けていると見るのだ。

日本にできることは米中露の三強相手に合従(がっしょう)連衡を図ることまで。そのためにも先制攻撃を自己規制した上での核武装が必須だとする。以前はさすがに極論と思われたが、北朝鮮の核武装が現実のものとなり、ゲーム論の論理からすれば、日本は少なくとも自力による核開発の「可能性」で武装せざるを得なくなった。西部氏の先見性が証された格好だ。

そうしたリアリズムは自民党の外交・軍事戦略に、表面的には合致している。ところが安倍自民党はあろうことか日本・ベトナム・イラクに対し侵略戦争を仕掛けたアメリカと安保法制で結びつきを強めた。状況論の焦点はここで、米国依存を糾弾する筆致は激しい。ではなぜ日本は対米自立できないのか。それは国民の生き方を支えたはずの家族や地域が形骸化したからで、その保護を説くのはむしろ共産党だという。こうした国内政治の分断は、それぞれの理念を生み出すはずの学問がもたらした。専門に閉じこもり、分裂したためである。知識人は状況に対して包括的かつ総合的な解釈を加える努力を怠った、と。

長年の読者は、西部氏が実名を挙げ佐野眞一・柄谷行人両氏を批判していることが目にとまるだろう。これまで口頭で論戦はしても人格には期待するのか活字では相手を匿名とすることが多かった。ここにも末期の暗い心境が窺(うかが)われる。「公式の遺言」という稀有(けう)な書である。
保守の遺言:JAP.COM衰滅の状況 / 西部 邁
保守の遺言:JAP.COM衰滅の状況
  • 著者:西部 邁
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:新書(304ページ)
  • 発売日:2018-03-01
  • ISBN:4582858724
内容紹介:
世界の状況や衰滅の色がますます濃くなる日本の状況が僕の目と耳と頭に流れ込んできて止むことがない──。稀代の思想家、絶筆の書。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年3月4日

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