書評

『風のあしおと』(かまくら春秋社)

  • 2018/04/23
風のあしおと / 堀口 すみれ子
風のあしおと
  • 著者:堀口 すみれ子
  • 出版社:かまくら春秋社
  • 装丁:単行本(109ページ)
  • 発売日:2000-07-14
  • ISBN:4774001457
内容紹介:
それは止めようのない音だった それは地球の廻る音だった 過ぎた日とこれからの日を 天秤にかけるのは無駄なことだと思った 音はとくんとくんとなり止まずに 静かに私の中で鼓動している-予感に満ちた第一詩集。
このごろ、私は詩集ばかり買い集めてはせっせと読んでいる。詩を読むのも書くのも、私は大好きだ。が、詩集は、玉石混交で、どちらかというと石のほうが多いかもしれない。詩集のくせに、へんに声高に社会の矛盾や不正を糾弾したり、小難しい思想(ごっこ)を振り回したり、そうかと思うと、大したこともない人生智を道学者めいた口調で垂示したり、どうもそういうのを私は好きになれない。

詩は、ことばで織りなす錦だ。底深く輝く玉を連ねたことばの美の精髄だ、と私は信じている。だから、ことさらに汚いことばを連ねて得意の詩やら、やたら早口にまくし立てるようなのは、あんなのは詩ではありませんと澄まして否定してしまいたい。けれども、この頃の詩壇は、そういう「私の嫌いなもの」ばかりが威張っていて……、と、日々詩集を読破しながら、日々嘆いていたら、つい最近、そんなのでない、ほんとうに美しいことばで深い思いを綴り上げた、孤高の詩集に出会った。

それは、あの月光のように玲瓏たる詩玉をかずかず残した堀口大学の愛嬢すみれ子さんが書いた『風のあしおと』という詩集である。

詩集の紹介をして、その作品を紹介しないのは、献立のみ披露してその料理を食べさせないのに等しいので、どれか一つでも御紹介したいと思うのだが、さて、困った。どの詩も名品揃いで、そのなかから一つだけ選ぶのは、正直なかなか難しい。でも、強いて。

 
 避暑地の秋

はや立秋うらぎりのように ひそやかに
人かげの消えた岩に立って
夕陽を眺めよう
糸たれるつり人の影ながく
岩肌に残る灼熱のぬくもり
何度このようにして逝く夏を
見送ったことだろう
残された者のさびしさ
置いていかれた者のかなしさを
知っているように
太陽は一瞬を赤く染めて沈む 

感傷的と言えば感傷的だけれど、しかしそれが独りよがりになっていない。ここには、彫琢しつくされたことばの力がある。「うらぎりのように ひそやかに/人かげの消えた・・」、この、夏から秋への、ある一瞬の、なつかしくもやるせない喪失感を思え。そう提示しておいて、詩は、直ちに、無駄のないことばをかさねて夕陽の磯の景物を描写する。このあたりの、ことばの唯美主義者父大学をふと思わせる簡明ななかの奥深いスケッチ。ここで「残されたもの」といっているのは、おそらく、父や若くして死んだ兄、あるいは生きていくなかで失った青春の思いのようなものまでも含んでいるように感じられる。さて、最後の一行のあっと叫びたくなるような見事さ。私どもは、この一行を読んだ途端に、網膜裡に血のように赤い、落陽の海を想起するであろう。

読後の感懐は、哀しく、なつかしく、そしてまぶしい。

こういう詩は、簡単に書けそうに素人目には見えて、しかし、決して決して書けるものではない。

私は、ため息をついて、しばらく茫然とした。
風のあしおと / 堀口 すみれ子
風のあしおと
  • 著者:堀口 すみれ子
  • 出版社:かまくら春秋社
  • 装丁:単行本(109ページ)
  • 発売日:2000-07-14
  • ISBN:4774001457
内容紹介:
それは止めようのない音だった それは地球の廻る音だった 過ぎた日とこれからの日を 天秤にかけるのは無駄なことだと思った 音はとくんとくんとなり止まずに 静かに私の中で鼓動している-予感に満ちた第一詩集。

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初出メディア

なごみ

なごみ 2001年3月号

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