世界的規模における政治、経済、社会の混乱は、従来の分析手法では解明しにくい性格を持っているように思われる。各国で従来権威を持っていた学者・オピニオンリーダーが影響力を失い、替わって怪し気な予言者めいた〝文化人〟や口先だけの政治家が現れたのは、こうした状況の構造的な変化に多くの人が対応できていないからなのではないか。
そんななかでこの本の著者加藤周一はいよいよその影響力を強めているように見受けられる。
この多くの識者との対談、鼎談(ていだん)集『憲法・古典・言葉』には、何故彼がそのような存在感を見せることができるのかについての明確な解答が蔵(しま)われている。
まず、加藤周一の著作の特徴は、その論理の運びがきわめてなめらかで、相手を説得しようという意思さへ感じられないような雰囲気を持っていることがあげられよう。この特徴は、相手が各界の指導者である第一部でも、詩人、芸術家が主な第二部でも、そして哲学者今道友信の場合でも同じである。
次に彼の思想的判断の特徴として、決して現実を手放さない、ということが指摘できよう。それは冒頭の憲法学者、樋口陽一との「私たちはまだ、自由を手にしていない」でも、また保守政界のリーダーであった後藤田正晴との「歴史に正対しなければ、未来はない」にも実にはっきり現れている。その上で加藤周一は物事を常に動態としてとらえ、決して静止的に裁断しない。例えば映像作家高畑勲との対談のなかで加藤周一は、日本の伝統文化とアニメーションとの関連性を解明した「日本 その心とかたち」をめぐって五つの概念を提示しているが、その五つの概念がどのように関連しあうか、を考えていくのである。これは大学の講義ふうの言説ではなかなか見られないことで、彼が常に現実に過不足なく向き合おうという姿勢を持っているからではないだろうか。
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