書評

『焔』(新潮社)

  • 2018/05/15
焔 / 星野 智幸
  • 著者:星野 智幸
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(272ページ)
  • 発売日:2018-01-31
  • ISBN:4104372048
内容紹介:
私たちは最後の生き残りだった。もう人間などいないのかもしれない。物語ること、現代日本に生きることに迫る、かつてない小説体験!

ディストピアの先の、かすかな希望

九篇の短篇を収めた小説集、といえるだろう。九篇は主に二〇一〇年代になって以後、星野がさまざまな媒体に発表してきた小説である。だが雑誌に発表されたときとは決定的に違う点がひとつある。それは、各小説を繋ぐ言葉が挿入されていることだ。冒頭――。「私たちは野原のようなところで輪になって座っていた。中央には薪が組み上げられ、火が灯っている。(中略)あたりは闇で星明かりもなく、ただオレンジ色の焔が、薪の爆ぜる音を伴いながら、私たちの影を揺らめかせるだけ」。

「私たち」は文字通り焔を囲みながら、一人また一人と物語を紡ぎ、去っていく。九人の話し手が自分の物語を披露していく、という形式だ。物語はぶっきらぼうに放り出されるのではない。各小説は語られ、焔を介して緩く結びつけられる。物語の力を信じる星野でなければ、こうした構成を採らないだろう。そして、『千夜一夜物語』を強く意識した語りの長篇小説『夜は終わらない』をまた一歩、別の形で更新している。

九つの物語には特に求心性をもったテーマがあるわけではない。たとえば、どうして水を思わせる名前が多く登場人物たちには付いているのか、といった問題や、「七桜海」と書いて「ナオミ」と読ませるような独特の名づけ法は、じつは浦和レッズをフィーチャーした小説「乗り換え」で種明かしがなされる。この作品には星野の小説としては珍しく、小説家の自己言及が多く含まれている(なにしろ「星野幸智」という人物まで出てくる!)。ただし、ここではこれ以上語らない。種明かしを説明するなんて、とてもじゃないができない!

さてそれ以外の小説には、じつはうっすらと社会問題が滲んでいる。もの凄い暑さに襲われた日本で、人々は涼を求めて回転するようになり、ぐるぐる回ってジャンプする者が後を絶たなくなる話(「ピンク」)では、極右思想に染まった若者が排外主義に走り「半島人」や「売国奴」を糾弾する。会社で「クレーマー民族からの常軌を逸したクレームに最前線でさらされる」主人公が記憶を失う恐怖を描いた小説(「木星」)もあれば、カラスを撮影していたはずの主人公がいつの間にかカラス本体と同一化していく小説(しかし、この短篇集の随所にカラスは姿を現わしているのだが、星野のカラスへの偏愛は極まった感がある……)もある(「クエルボ」)。単に動物と人間の同化を描いているのではなく、ひょっとするとすでに人間はいないのではないか、という想念を小説の形で伝えているのだ。

あるいは、人間と地域通貨を交換する集団が冷徹に描かれた物語もあれば(「人間バンク」)、扱いに困った老人たちを格安の金額で引き取って闇に葬る業者の潜入レポートを試みる記者を主人公に据えた作品もある(「何が俺をそうさせたか」)。この小説では、少子高齢化が極端に進んだ国で「産児数義務化」が行われている、という記述がある。婚姻を義務化し「三十歳までに自分で相手を見つけられなかったら、集団結婚させられる」ことになっていて、「女は三年以内に妊娠の義務がある」……。

一連の作品をひとことで言えば、ディストピア小説である。むろん、現実に起こっていることを直視すれば、近未来を舞台にした小説は(そうでなくても)破局を孕むことは容易に想像される。星野ほど鋭敏なアンテナを持っている者が、現状を追認し、楽園を単純に寿ぐような小説を書けるはずがない。

ただ、独特のアイロニーに彩られたディストピア小説を読みながら、読者が忘れてはならないことがある。それは星野が二〇〇二年以後、「新しい政治小説」と彼自身が呼ぶ小説を書いてきたことである。日本の、主に純文学と呼ばれるジャンルの小説は政治との関わりを避けてきた。現実の政治を小説の中に持ち込めば、冷笑されるか、「ベ夕な小説」として斥けられるかしてきたのだ。星野はそんな文学的潮流の中で、あえて「新しい政治小説」を書いてきた。ここで詳しく述べる余裕はないので、人文書院から刊行されている星野智幸コレクションIの「あとがき」を読まれたい。『ファンタジスタ』『ロンリー・ハーツ・キラー』そして『在日ヲロシヤ人の悲劇』の「新しい政治小説三部作」の後に、この小説集のディストピアが存在していることの重要性は忘れてはならない。

と、このように書いてくると、私たちが住む社会のダークサイドばかりを描いているように思えるかもしれない。それは違う、と即座に言おう。末尾に置かれた「世界大角力共和国杯」。佳品だとか名作だとかいう以前に、この小説は怪作だ。

冒頭の一行、「ぼくはおかみさん。角力(すもう)部屋のおかみさんである」。読んでいて、頭がクラクラする。「ぼく」は大学角力部に属しているが、競技者としての限界はあきらかで、卒業したら「渡良瀬部屋」に入門し「おかみさん」を目指すことに。同じ大学角力部に属する「瑠璃の海」と一緒に「共和国杯」と呼ばれる角力を観に行く、というのが小説の大まかな流れ。瑠璃の海の両親がトルコ人で、母親は「レディース大角力で初代の横綱を張った伝説」的存在。まったく力士としてのオーラを発していない、「筋肉質だが小兵、手足は短く、猫背。アンデスの先住民系」の「八咫烏」(ああ、ここにもカラスか!)を「ぼく」は熱烈に応援している……。角力界は、考えうるギリギリまで多国籍化しており、男女間の格差もない。笑ったのは、「埼輝(サイキ)」という埼玉出身の力士が「純血であること」をコンプレックスとして抱えていて、「母方の一族が越谷、父方が春日部という、埼玉県内のどうにも狭い地域での純血」を苦にしている、というくだり。ディストピアの先の、かすかな希望を託した、文字通りの怪作である。
焔 / 星野 智幸
  • 著者:星野 智幸
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(272ページ)
  • 発売日:2018-01-31
  • ISBN:4104372048
内容紹介:
私たちは最後の生き残りだった。もう人間などいないのかもしれない。物語ること、現代日本に生きることに迫る、かつてない小説体験!

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初出メディア

すばる

すばる 2018年4月

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