書評
『子どもが減って何が悪いか!』(筑摩書房)
「少子化は不可避」認めた制度設計を提言
女性が一生の間に産む平均子ども数(合計特殊出生率)が1・29に落ち込み、人口維持に必要な水準(人口置換水準、約2・07)を大きく下回ったことは、すでに日本の常識となった。だがこんにち「少子化」は、事実であることを超え、日本社会が克服すべき焦眉(しょうび)の課題とも目されている。私は日頃、この理屈の展開がどうにものみ込めないできた。国民一人あたり経済成長が維持されればよいのに国民経済全体の成長を求め、年金制度問題は人口増を前提とする賦課方式に無理があるのにそれを少子化のせいにするのは奇妙である。高齢化が同時進行しており、にもかかわらず定年年齢を引き上げないなら労働人口が減って当然。なにより親の産む権利や効用ばかりが注目され、子どもが幸せに生まれてくる権利が無視されるのはおかしい。
これらの疑問に真正面から答え、反問や批判も加えてくれる文章に初めて出会った。それが本書である。論旨には対立点もあるが、正直言って出会いそのものに感銘を受けた。疑問を持つことは自由社会の条件であるはずなのに、なぜか一定方向の疑問には抑圧が加えられている、と感じていたからだ。
だが抑圧は実在するらしく、著者によれば、いまや「男女共同参画社会を実現して、少子化を防ごう」なる主張が批判を許さない勢いで横行しているらしい。私も著者同様、女性の社会進出を妨げる差別は撤廃すべきだと願うが、しかしそれが実現したとして、「少子化を防ぐ」という後段が自動的に続くか否かは成り行き次第としか言えない。
本書の真骨頂は、その「成り行き」を厳密に統計で分析し、自分の願いと異なる結論にも目を瞑(つぶ)らないすがすがしい姿勢にある。「オナニー言説」などの研究家という著者の作品を食わず嫌いできたものの、少子化を回避不能な現実とみなし、専業主婦も独身者も共働き家庭もすべてに機会が均等であるように制度設計しようという今回の提言には共感した。知的とは、こういう思考の進め方を言う。文体はときに脱力系であるが。
朝日新聞 2005年2月6日
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