書評

『国体論 菊と星条旗』(集英社)

  • 2018/07/23
国体論 菊と星条旗 / 白井 聡
国体論 菊と星条旗
  • 著者:白井 聡
  • 出版社:集英社
  • 装丁:新書(352ページ)
  • 発売日:2018-04-17
  • ISBN-10:4087210286
  • ISBN-13:978-4087210286
内容紹介:
戦前の「国体」は敗戦で消えた? 否、戦後も「国体」は、天皇制の頂点にアメリカを鎮座させ、永続している! この異形の「国体」は我々をどこに導くのか? 二度めの破局から日本を救い出す、警世の書!


国体で読み解く日本近現代史

国体をカギにすれば、戦前の破滅はもちろん、戦後の日本の閉塞(へいそく)も解明できる。この大胆な仮説で、平成日本の病巣をえぐり出す、いま注目の一冊だ。

戦前の国体とは何か。《天皇を中心とする政治秩序》にすぎないはずが、天皇の国民↓天皇なき国民↓国民の天皇、の三段階を経て、《神権政治的…な「専制君主制国家」》に膨らんだ。天皇は国民を愛しているから、国民は天皇に尽くせ。この「国民の天皇」観が二・二六事件の前提だ。「君側の奸(かん)」を除けば天皇と国民の絆が回復するという幻想だ。それに悪乗りし軍部が戦争に突き進んだ。

戦後の国体とは何か。天皇は主権を失い、マッカーサーが君臨した。アメリカが《天皇を通じて主権を行使する》のが「天皇制民主主義」の内実だった。《国体は変更されたと同時に護持された》。こうした奇妙な戦後への苛立(いらだ)ちを、著者は、丸山眞男や吉本隆明や三島由紀夫の言動のなかに探っていく。

日米関係が特別なのは、国体の柱だからだ。アメリカは日本を愛しているから、日本人はアメリカに尽くせ。幻想だが、戦後を呪縛している。日米安保条約は冷戦下まだしも合理的で、経済的繁栄を支えた。冷戦後には「再定義」され、アメリカの世界戦略を日本が支えるものになった。《対米従属は、それを必然化してきた経済的下部構造が失われた時にこそ、逆説的にも強化されてきた》。白井聡氏は《日本は独立国ではなく、そうありたいという意思すら持っておらず、かつそのような現状を否認している》と言い切る。かつて国体と心中した軍部のように、日本は再び破滅への道をたどっているとする。

占領(アメリカの日本)から束(つか)の間の経済的繁栄(アメリカなき日本)をへていま、「日本のアメリカ」という幻想が強まっている。安倍政権では、《合理的な親米保守が「愚かしい右翼」》と合流するに至った。その病理は、己れが何かを知らない空虚さである。《戦後対日支配の要点》は、《欧米人に対するコンプレックスとアジア諸民族に対するレイシズムを利用》することだった。すると《日本人はアメリカに従属する一方、アジアで孤立し続けるだろう》。その日本人がいま、経済的繁栄もアジアに対する優位も崩れ、《集団的発狂》に陥っているところだ、と著者は診断する。

フェイク・ニュースが拡散し、親中反日のレッテルを貼り、ヘイトスピーチが横行する。焦燥感が《大衆のあいだでの排外主義的心情のひろがりのかたちをとって現れている》。こうした《泥沼のような無気力》をどう脱出すればよいのか。

白井氏は二○一六年八月の天皇の「お言葉」に、衝撃を受けたという。天皇は全国をくまなく訪れ、被災者に寄り添い祈ることで、《日本という共同体の霊的中心》のつとめを果たしてきた。その思いが政府や有識者に届かない深い危機感が、お言葉に滲(にじ)んでいる。戦後の国体の亀裂が露(あら)わになった。

戦前~戦後を通じて、日本の近代を一望に収める本書の診断は、圧倒的な説得力がある。文体も冷静で誠実だ。この問題提起の先をどう考えるべきか。

アメリカの覇権は、永続するわけではない。ゆっくり弱体化していく。世界は、列国のせめぎあいの場となろう。明治の日本が直面した、列強の競う国際社会と似ている。アメリカへの幻想を捨て、日本人はリアルな認識を深めよう。とりわけ、幕末維新からの日本の近現代史を深く理解し直そう。読者は、若い世代に属する白井氏がこの同時代を共に歩み、かくも手堅く考えていることを、頼もしく思ってよいのである。
国体論 菊と星条旗 / 白井 聡
国体論 菊と星条旗
  • 著者:白井 聡
  • 出版社:集英社
  • 装丁:新書(352ページ)
  • 発売日:2018-04-17
  • ISBN-10:4087210286
  • ISBN-13:978-4087210286
内容紹介:
戦前の「国体」は敗戦で消えた? 否、戦後も「国体」は、天皇制の頂点にアメリカを鎮座させ、永続している! この異形の「国体」は我々をどこに導くのか? 二度めの破局から日本を救い出す、警世の書!


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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年7月15日

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