書評

『田中陽造著作集 人外魔境篇』(文遊社)

  • 2019/11/28
田中陽造著作集 人外魔境篇 / 田中陽造
田中陽造著作集 人外魔境篇
  • 著者:田中陽造
  • 出版社:文遊社
  • 装丁:単行本(480ページ)
  • 発売日:2017-04-28
  • ISBN-10:4892571261
  • ISBN-13:978-4892571268
内容紹介:
『ツィゴイネルワイゼン』『魚影の群れ』『居酒屋ゆうれい』数々の傑作映画で異彩を放つ脚本家五十年の著作を集成。未発表シナリオ收録。

情念を理性的に処理しようとする狂気が浮かび上がる

かっこいい本だ、これは。

ハルシオンというクスリは、眠剤としても、抗鬱剤としても傑作だと思う。酒のつまみにも、よい。苦味がほどよくて、ウィスキーととても合う。バーボンのロックでハルシオンをポリポリ齧りながら飲むのは、はっきり言って快楽だ。人間は、と言うと大げさだが、こういう精神的快楽があることを一度は知るべきだと思う。

などという文章がいきなり出てくる。以前から思っていたのだが、日本映画における眠剤文化とその影響については、いちどきちんと論じられるべきではなかろうか。アメリカには『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13年)のような華麗なる眠剤映画もあるのだから、日本で作られてもいいのではないか。

ハルシオンをつまみにウィスキーを飲む、などという話をさらりと書いてみせるのは田中陽造、日活ロマンポルノを代表する脚本家――とつい言ってしまうのだが、いやそんなものではない。もちろん『(秘)女郎責め地獄』(73年)や『花と蛇』、『生贄夫人』(共に74年)など曽根中生、小沼勝監督らの名作をものにした日活のトップライターだった田中陽造だが、もともとは大和屋竺らと親しく、具流八郎として鈴木清順の『殺しの烙印』(67年)を書いている。鈴木清順とはのちに『ツィゴイネルワイゼン』(80年)からの浪漫三部作でもふたたびコンビを組むことになる。そのいっぽうで角川映画での仕事は相米慎二とのコンビに結実し、『セーラー服と機関銃』(81年)から『魚影の群れ』(83年)を経て『夏の庭 The Friends』(94年)まで名作を残している。このキャリアの長さと幅。個人的には『玉割り人ゆき』(75年/監:牧囗雄二)と『地獄』(79年/神代辰巳)のイメージが強いので、情念の人という気がしていたのだが、むしろ情念の世界に憧れ、論理の積み重ねによって則をこえようとする理性の人なのではないか、とこのフィルモグラフィを見て思い直した。たぶん、本書を読んだ人も、同じような感想を抱くのではなかろうか。

本書は田中陽造のエッセイ集である。映画についての文章も含まれているが、実は主眼はそこではない。たいへん興味深い石井輝男論(「この人は異常ではない」)もあるし、ブニュエルへの不満を訴える評論もある。自作の解説では『キャバレー』(86年/監:角川春樹)について「シナリオを自分の生理と感覚の基準で読み変えた。意味を変えるのではない。シナリオの根を切ってしまうのだ。根を切られたシナリオは浮遊する。それをおもむろに己の感性の領域にとりこんでゆく。僕の経験で言うと、こういう(ライターにとって)残酷な仕事をしたのは『陽炎座』のときの鈴木清順師と、そして『キャバレー』の角川春樹である」と言い切るあたりに凄みを感じる。怜悧きわまる知性で一刀両断された角川春樹は何を思ったろうか……と考えるのだが、たぶん自分が切られたことに気づきもしなかったろう。あるいは『居酒屋ゆうれい』(94年)で組んだ渡邉孝好との楽しげな議論からは何も言わなくても映画の素晴らしさが伝わってくる。

だが、この本の白眉は「人外魔境――異能人間たち」と題された章である。

脚本家になる前、田中陽造はルポライターをやっており、『週刊サンケイ』に奇人からの聞き語り連載をやっていた。これがとてつもない面白さである。親子二代で刺青のコレクションをする医師の話。死体から皮をはぎ、脂をそいだうえで人油を塗って保存する。「人間の皮膚には人間の油がいちばん合う、これは理屈です。だから刺青皮にも人油を塗ってやりたいんだが、あまり大量に生産するわけにはいかないんでね、困ってます」

情念を理性的に処理しようとする狂気が浮かび上がる。あるいは限りなく風俗資料を集める美人絵師、見世物小屋の蛇女、鳥と一緒に暮らす(鳥に飼われている!)画家、彫師梵天太郎やウルトラ怪獣の造形者高山良策など知った名前も登場する。いずれも理性の世界を飛び越え、狂気すれすれのところに行ってしまった人たちである。彼らへの限りない憧れを、田中陽造はあくまでも冷静きわまりない文章で語っていくのだ。「ルソン島飢餓地獄」の凄まじさは読んでもらうしかない。『週刊サンケイ』掲載記事にはもうひとつ、「犯罪調書」として掲載されている犯罪ルポ記事がある。ひとつは気仙沼で酔っ払って暴れまわった熊のような船長の話(読んでいて『X-MEN』の敵ジャガーノートを思い出さずにいられなかった)と、富山県で発生した男子高校生が学校で同級生の女子を射殺した事件。それはあまりに映画的に、官能的に語られる。犯人は恋に狂ったのだが、狂い切ることはできなかった。そんな犯人を、田中陽造は哀れんでいるようにも感じられる。そのあとに掲載されているシナリオ「木乃伊の恋」(『恐怖劇場アンバランス』)の木乃伊のように、本当に狂ってしまえばよかったものを。
田中陽造著作集 人外魔境篇 / 田中陽造
田中陽造著作集 人外魔境篇
  • 著者:田中陽造
  • 出版社:文遊社
  • 装丁:単行本(480ページ)
  • 発売日:2017-04-28
  • ISBN-10:4892571261
  • ISBN-13:978-4892571268
内容紹介:
『ツィゴイネルワイゼン』『魚影の群れ』『居酒屋ゆうれい』数々の傑作映画で異彩を放つ脚本家五十年の著作を集成。未発表シナリオ收録。

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初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2017年8月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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