書評

『曽根中生自伝 人は名のみの罪の深さよ』(文遊社)

  • 2020/04/27
曽根中生自伝 人は名のみの罪の深さよ / 曽根中生
曽根中生自伝 人は名のみの罪の深さよ
  • 著者:曽根中生
  • 出版社:文遊社
  • 装丁:単行本(500ページ)
  • 発売日:2014-08-26
  • ISBN-10:4892571083
  • ISBN-13:978-4892571084
内容紹介:
1970年代以降の日本映画を代表する映画監督が、伝説の脚本家集団「具流八郎」、日活ロマンポルノ、そして突然の失踪、発明家の現在までを明かす-奇才の全人生/全映画。

最初から終わりを見つめていた曽根中生が残した最後の作品

『天使のはらわた 赤い教室』こそにっかつロマンポルノの頂点であり、日本的すれ違いメロドラマの最高峰である。水原ゆう紀の美しさ、蟹江敬三の情けなさ。ラスト、2人のあいだを隔てる水たまりは軽く飛び越えられそうに見えるほどに浅く、だが一歩踏み入れればどこまでも沈んでいく。名美と村木という日本劇画史上最高のカップルを生みだした石井隆は自分の書いた脚本を踏みにじられて激怒したという。だがなお、それは石井隆原作の最高傑作となった。その映画を撮った監督は曽根中生という。

曽根はロマンポルノを中心に40本以上の映画を撮ったのち、忽然と姿を消す。唖然とするような人を食ったお遊びと、胸をキリキリ締めつける現実の切片を兼ね備えた曽根は決して打率100パーセントの映画監督ではない。だが、その傑作は映画の歴史に残るほどのものである。だがそんな曽根は1988年の『フライング 飛翔』を最後に映画界から消えた。ヤクザに金を借り、夜逃げしたのだと噂された。死亡したとも、九州で運転手をやっているのだとも言われた。その存在がすっかり伝説と化したころ、曽根はひょっこり姿をあらわした。2011年夏、湯布院映画祭にゲストとして招かれた曽根は、飄々としてトークに参加し、謎の空白についても誰も想像もつかないかたちで明かしたのである。その後回顧展もおこなわれ、急速に再評価が進みつつあったさなか、2014年8月に肺炎で死去。享年76。

だが、曽根は最後にひとつの作品を残していった。それが『曽根中生自伝 人は名のみの罪の深さよ』である。これは驚くべき本である。曽根中生の人生について多くを教えてくれるから、ではない。それについてはほとんど何もわからない。わかるのは曽根がいかに鋭利で恐ろしい人間だったかということである。

横田茂美による詳細な聞き書きを読んでいると、曽根はある意味では映画とは何かという答えを出してしまっているような気さえする。ロマンポルノにおいて、なぜ時代劇を撮りたくなかったのか。時代劇はつねに美的であって、それはエロティシズムを醸しだしても猥褻ではないのだ、と曽根は言う。あるいはカメラの画角に対する徹底したこだわり。「カメラマンを指定したことはない」「(市川崑のような)こだわりはない」と言いつつも、何ミリのレンズならどう見えるかを明解に説明していく知性。そして「しょせん雇われ監督の仕事だから」と自嘲しつつ、その中で違いを出すためにいかにがんばったかをさりげなく語る(ちなみに小沼勝の自伝によれば、助監督がいちばんつきたがらなかった=きつい現場が曽根と小沼だったという)。

曽根中生は映画は「アヴァンギャルドでなければいけない」と言う。「シュールレアリズムができるからこそ、ロマンポルノを撮ったのであって。スター映画(=裕次郎映画)ではそういうカットはできないし、許されないですけど、ポルノならシュールレアリズムの映画が撮れるわけです」。突然の野蛮な出来事により、世界が一変する。曽根の映画ではそんなことがしばしば起こるのだ。

曽根は俳優の演技を嫌い、演技できない「大根役者」を好んだ。曽根の映画でしばしば使われる長回しも、演技をしない俳優も、現実そのものを露呈させ、それをただ見つめたいという曽根の欲望を実現するためにあった。それがある意味で実現したのが『BLOW THE NIGHT!夜をぶっとばせ』で、映画作家としての曽根中生はそこで完結してしまうのである。そこで「ひとつの事業が終わった」と曽根は語る。

だが、曽根は最初から終わりを見つめていたのではなかったか。『スーパーGUNレディ ワ二分署』を撮るとき、曽根は売却された日活撮影所の解体中のビルでカーアクションを撮る。「このホンをもらったときから思っていました。日活の、壊れていくいき方ってものを、残しておこうと思いましたから。この映画を見れば、撮影所がどうやって解体されていくのかがわかるように」。日活アクションの全盛期に日活に入社し、鈴木清順の天才によって映画作りに目覚めるが、脚本を書いた『殺しの烙印』によって清順は日活を追われることになり、いざ監督に昇進したときにはロマンポルノになっていた。曽根中生はそのときから敗北を見つめ、自分の仕事を冷徹に突き放して見ていたのではないか。盟友田中陽造や大和屋竺らへの言葉からも、そんな怜悧な怖さがうかがえるのである。

なお、SFファンだった曽根は、レムの『ソラリスの陽のもとで』の映画化を鈴木清順に持ちかけたことがあったと言う。清順版『ソラリス』! これが実現していたら世界の映画史がいろいろ書き換わっていたかもしれない、とちょっと悔しい。
曽根中生自伝 人は名のみの罪の深さよ / 曽根中生
曽根中生自伝 人は名のみの罪の深さよ
  • 著者:曽根中生
  • 出版社:文遊社
  • 装丁:単行本(500ページ)
  • 発売日:2014-08-26
  • ISBN-10:4892571083
  • ISBN-13:978-4892571084
内容紹介:
1970年代以降の日本映画を代表する映画監督が、伝説の脚本家集団「具流八郎」、日活ロマンポルノ、そして突然の失踪、発明家の現在までを明かす-奇才の全人生/全映画。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ

初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2014年11月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

関連記事
柳下 毅一郎の書評/解説/選評
ページトップへ