前書き

『小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター』(中央公論新社)

  • 2018/12/20
小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター / 鹿島 茂
小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(512ページ)
  • 発売日:2018-12-19
  • ISBN:412005151X
内容紹介:
阪急、東宝、宝塚……。近代日本における商売の礎を作った男。哲学と業績のすべて。博覧強記の著者による、圧巻の評伝。

なぜ今、小林一三なのか?

正しい損得勘定のすすめ

まえまえから、小林一三について書いてみたいと思っていた。

小林一三というのはもちろん、阪急をつくり、沿線の分譲地をつくり、宝塚歌劇団をつくり、阪急百貨店をつくり、東宝をつくり、阪急ブレーブスをつくり、第一ホテルをつくり、東京電燈(後の東京電力)を再建し、昭和肥料(後の昭和電工)や日本軽金属をつくった、あの小林一三のことである。

なぜかといえば、小林一三ほど、デカルト的な合理的精神を体現した企業家は日本にはいないと感じているからである。ちなみに、デカルト的合理的精神というと随分難しい言葉のように響くかもしれないが、なんのことはない、「正しい損得勘定」ということである。

小林一三のこの「正しい損得勘定」については、ダイヤモンド社の創業者・石山賢吉が伝える次のようなエピソードが理解の一助となるだろう。

あるとき、小林一三がうなぎで有名な料亭から招待を受けた。石山もそのとき御相伴にあずかったが、招待の目的は店の経営にアドバイスしてほしいということだった。小林は決算報告書を一瞥すると、「相当に儲かっている。この上、儲ける必要はない。これから、儲けをお客にお返しなさい」とアドバイスした。主人が納得できないという顔をすると、新富町の本店は儲かっていないが、牛込の支店は儲けている。理由は牛込店は五〇銭のうなぎ弁当を売る大衆店なのにチップを取っているからだと見抜き、「チップなんていうものは、客のいやがるものだ。出せば馬鹿々々しいし、出さねばケチと見られる。いやいや出すのがチップである。客のいやがることをしては、店は繁昌しない。チップを廃しなさい」と言った。主人がチップは女中の給料になっていると言うと、小林一三はこう答えた。「女中の給料は、店費から出せばいいじゃないか。それがすなわち、利益をお客に返すのだ。お客に利益を返せば、お客は又利益を持って来る。チップを廃せば、よい店だとなって、お客が多く来る。その利益は、チップ廃止の損失に優る」(石山賢吉「小林さんを追慕す」『小林一三翁の追想』小林一三翁追想録編纂委員会)。

だから、「合理的精神の人 小林一三」という観点から評伝を書いても十分に許されるのだが、私としてはそれだけではどうも物足りない気がするのだ。

というのも、小林一三の生涯と業績についてはこうした観点から伝記や評伝がいくつか書かれているし、また生前の自宅に阪急文化財団が設けた「小林一三記念館」「逸翁美術館」「池田文庫」においてはその多彩な活動にスポットを当てた展示が行われているからだ。つまり、よほどの斬新な切り口でも見つからない限り、屋上屋を架すことになりかねないのである。

だが、その新しい観点というのがなかなか見つからなかった。

ところが、小林が独立して最初に手掛けた事業である箕面有馬電気軌道株式会社(阪急電鉄の前身)の開通に際して、明治四十二(一九〇九)年に発行したパンフレット「住宅地御案内――如何なる土地を選ぶべきか・如何なる家屋に住むべきか」を一読したとき、突如、ひらめくものを感じた。「これだ!」と思ったのである。(中略)

人口的視点から

それは何か?

大阪市民に「空暗き煙の都」から脱出し、緑豊かで空気の澄んだ郊外に移り住むよう勧誘する根拠として、小林が「出産率十人に対し死亡率十一人強に当る」と、大阪の死亡率の異常な高さを強調している点である。(中略)

美しき水の都は昔の夢と消えて、空暗き煙の都に住む不幸なる我が大阪市民諸君よ!

出産率十人に対し死亡率十一人強に当る、大阪市民の衛生状態に注意する諸君は、慄然として都会生活の心細きを感じ給ふべし。

これは明治三十年代後半から四十年代にかけての大阪の現状をかなり正確に反映した言葉である。というのも、明治元(一八六八)年に二八万人だった大阪市の人口は、同十九(一八八六)年には三六万人、二十二(一八八九)年には四七万人、四十一(一九〇八)年には一気に倍増して一二二万人強というように急激に膨張し、当然のように、都市の住環境、衛生環境は激しく劣化していた。

小林一三は「出産率十人に対し死亡率十一人強に当る」と具体的に数字を挙げているが、たしかにこれだけ短期間に人口が急増すれば、乳児死亡率が上昇して死亡率が出産率を上回ることは十分に考えられたのである。

では、小林一三は、大阪の人口過密状態を出産率と死亡率の比率で表現するという人口学的な発想をどこで得たのだろうか? おそらく、生命保険からではないかと思われる。というのも、生命保険なるものは十七世紀にイギリスの裕福な商人だったジョン・グラントが教会の死亡表に潜む情報を割り出して「死亡表に関する自然的および政治的諸観察」という論文を発表したことから始まり、これにハレー彗星の発見で知られるエドモンド・ハレーが手を加えて生命保険料の合理的算出法を編み出したことで確立されたからである。小林は三井銀行の調査課に勤務していた時代に生命保険の知識を多少とも仕入れて、出生率や死亡率にも関心を抱いていたに違いない。

しかしながら、小林に生命保険的な思考法が備わっていたとしても、それだけでは超過密都市・大阪の現状を見てそこにビジネスチャンスを発見するところまではいかなかったかもしれない。きっかけは別のところにあった。

それは、三井銀行大阪支店時代の上役(支店長)であった北浜銀行頭取・岩下清周に誘われて証券会社設立の夢を抱き、明治四十(一九〇七)年一月に三井銀行を退職して、一家そろって大阪にやってきたときのことである。大阪に着いたその日に日露戦争後のバブルが崩壊し、妻子を抱えたまま浪人生活を余儀なくされた小林は家でぶらぶらしていたが、そこに天下茶屋に住む友人の宗像半之輔が遊びにきて、不動産の購入を勧めたのだ。

僕は今、この附近一帯の土地を三万坪ばかり持ってゐる。はじめ、茲に家を新築して高麗芝の庭をつくったところ、その芝が一坪七八十銭だ。その芝をつくってゐる土地が一坪一円五十銭から二円だ。こんな馬鹿げた理窟はないと思って、出来るだけ土地を買ひあつめた。僕が買ってからこの附近は多少値上りしてゐたさうだが、ほしければ二三円も出せば、いくらでも買へる。君も大阪人になる決心してゐる以上は、この天下茶屋に邸宅を新築してはどうか。(小林一三『逸翁自叙伝――青春そして阪急を語る』阪急電鉄)

小林は強い誘惑を感じたが、事情があってそのときは購入を見合わせた。

しばらくして、岩下清周に呼び出されて阪鶴鉄道に監査役として入社したのだが、その直後に、阪鶴鉄道は国有化されたため、小林は清算人として本社のあった池田まで通うこととなった。これが大きな転機となった。というのも、阪鶴鉄道の経営陣は国有化直前に、大阪梅田から池田を経て箕面・宝塚・有馬に通じる箕面有馬電気軌道の設立を計画し、許可申請を行っていたからである。小林は阪鶴鉄道の清算業務を続ける一方で、池田周辺の土地を調べて歩いているうちに、箕面有馬電気軌道設立を手掛けてみたくなった。

そのとき小林がこの鉄道が有望だと見抜いたのは、不動産の格安さであった。小林は池田山に通う道すがら、箕面有馬電気軌道の大阪─池田間の計画線路敷地を二度ばかり歩いて往復し、「その間に、沿道に於ける住宅経営新案を考へて、かうやれば屹度うまくゆくといふ企業計画を空想した」(『逸翁自叙伝』)。

つまり、小林は、多くの伝記で書かれているのとは異なり、箕面有馬電気軌道を計画してから分譲地開発を思いついたのではなく、分譲地となるべき土地の安さと優良さに気づいていたがために箕面有馬電気軌道は行けると判断したのだ。発想の原点にはまず優良な不動産があったのであり、その不動産を開発しようと考えたのは大阪市内の超密集状態があったからなのだ。つまり、大阪市内に人口が密集しているのは市内にしか移動手段(市電)がないためで、もし郊外への移動手段が整備されたら、人々は大阪を脱出して環境のいい郊外に移動するだろうとひらめいたのである。まさに人口学的な発想というほかない。

(中略)さて、以上で、われわれが冒頭で人口学的観点から小林一三の業績を照射してみたいといったことの意味がおわかりいただけたかと思うが、それは当然、二十一世紀のわれわれが人口状況の第四期(ALL REVIEWS事務局注:出生率も死亡率もともに下がり続け、自然増加率は低水準で推移する時期)にいることを念頭においているためである。すなわち、人口増加が最も著しかった第二期に事業を手掛けた小林一三の偉さをそのまま礼讃しても、今日のわれわれにとってはあまり益することはないが、しかし、ちょうど鏡で画像を反転させるように「対偶的思考」を用いてこれを検討したら、あるいは人口減少期に生きる日本人のヒントになるようなことが見つかるかもしれない。

小林一三は、当時、都市郊外の土地が交通手段がないために無価値と見なされているという前提から出発してこれに価値を付加することで阪急コンツェルンを築き上げたが、いまや、ベクトルは小林の時代とは反対方向を向き、人口の都市部集中が始まり、郊外の土地は価値を減らしている。よって、小林一三の全業績を再検討するに当たっては、それを人口学的観点から辿り直したときにはじめて意義あるものとなるはずだ。

人口はすべてを決める。この点を忘れてはならない。
小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター / 鹿島 茂
小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(512ページ)
  • 発売日:2018-12-19
  • ISBN:412005151X
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阪急、東宝、宝塚……。近代日本における商売の礎を作った男。哲学と業績のすべて。博覧強記の著者による、圧巻の評伝。

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