前書き

『謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学』(新潮社)

  • 2019/01/26
謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学 / 鴻巣 友季子
謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学
  • 著者:鴻巣 友季子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(283ページ)
  • 発売日:2018-12-26
  • ISBN:4106038358
内容紹介:
これは恋愛小説ではない。分裂と融和、衝突と和解――現代をも照射する仕掛けに満ちた大長編を、作者の書簡等も交え精緻に読み解く。

はじめに

本書には『謎とき『風と共に去りぬ』』というタイトルがつけられている。映画も大ヒットし、〝大衆文学〟として親しまれてきたこのロマンス小説に、解くべき謎などあるのだろうか? そう思われるかもしれない。

実際、「謎とき」とタイトルについた研究書にはこの新潮選書だけでも、江川卓の『謎とき『罪と罰』』をはじめとするドストエフスキー論、河合祥一郎の『謎ときシェイクスピア』、亀山郁夫の『謎とき『悪霊』』、木村榮一の『謎ときガルシア=マルケス』、竹内康浩の『謎とき『ハックルベリー・フィンの冒険』』、芳川泰久の『謎とき『失われた時を求めて』』など、世界文学を代表する錚々たる巨匠とその名作が並んでいる。

わたし自身、Gone with the Windを自分で翻訳する前であれば、右記の文豪や名作群とマーガレット・ミッチェル(一九〇〇~四九)の『風と共に去りぬ』が並んでいたら、いささか違和感をおぼえたことだろう。しかし、いまから十年近く前、この大長編の新訳にとりかかったとたん、同作の文体の巧緻なたくらみ、大胆な話法の切り替え、微妙な心裏の表出方法、「声」の複雑な多重性などに気がつき、驚いた。

無類のページターナーである『風と共に去りぬ』は一般に、若い作家が勢いにまかせて書きあげたように思われがちだが、実際には十年の歳月をかけて、何度もリライトを繰り返しながら仕上げられている。ところが、本作には、その歴史的背景や社会的意義を掘りさげる研究は豊富にあるものの、それに比すれば、テクストそのものを分析するテクスト批評は圧倒的に少ない。

要は、「なにが書かれているか」はぞんぶんに説かれてきたが、「どのように描かれているか」はあまり論じられてこなかったのではないか。

それは本作が読み解かれるべき〝文学作品〟とみなされてこなかったせいもあるだろう。 しかし、高尚な〝文学作品〟と思わせないこと、読者をテクスト分析などに向かわせないこと、それらも作者ミッチェルの戦略のうちだったのである。

では、『風と共に去りぬ』には、作者によるどんな仕掛けや戦略がどのように潜んでいるのか? あるいは、作者自身も意識していないどんな〝技法〟がどのような効果をときに発揮しているのか?

『謎とき『風と共に去りぬ』』の試みのひとつは、『風と共に去りぬ』のテクスト分析である。しかし純然たるテクスト論だけでは、この矛盾のかたまりとも言える巨編を解きほぐすことは難しい。よってミッチェル自身の書簡や発言、作品発表当時の書評、作者とその一族のたどってきた道のりなども参照しながら、答えを探っていきたい。つまり、テクスト批評と作家研究の双方をとりいれた融和型の評論になるだろう。文学批評がこうした形をとるのは、テクスト分析が幅を効かせた二十世紀に対し今世紀に入ってからの世界的な潮流でもあると思う。

 

本書では、以下のような「謎」に挑んでいきたい。

たとえば、大きな謎では、

・本作はなぜ世界的ベストセラーとなり得たのか?
・この一大巨編を一気に読ませる原動力と駆動力はどこにあるのか?
・本作の〝萌え感〟はどこから生まれるのか?
・魅力的なキャラクターたちはどのように作られたのか?
・性悪なヒロインが嫌われないのはなぜなのか?
・作者が人種差別組織のクー・クラックス・クランを登場させたのはなぜなのか?
・作者が人種差別主義者だという誤解は、この小説のどこから来るのか?
 

もっと具体的な謎としては、

・なぜスカーレット・オハラはまずハミルトン青年と結婚するのか?
・なぜアシュリ・ウィルクスはメラニー・ハミルトンを妻に選んだのか?
・レット・バトラーが初対面のメラニーの瞳に見たものはなんだったのか?
・レット・バトラーが唐突にスカーレットを〝捨てて〟入隊するのはなぜなのか?
・アシュリはなぜ自分の妻を〝恋人〟のスカーレットに託したのか?
・メラニーは夫とスカーレットの関係を知っていたのか?


本書では、このような謎を解く過程で、『風と共に去りぬ』の旧来のイメージをことごとく覆すことになるかもしれない。

わたしにとって、Gone with the Windを新訳することは、自ら抱いていた数々の偏見や先入観を払拭し、この古典名作にまったく新たな世界観をもつことに他ならなかった。それは衝撃的な読書体験だった。

本書を読んでくださる方々にとっても、従来の作品イメージが心地よく転換され、新たな『風と共に去りぬ』像が誕生することを願っている。
謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学 / 鴻巣 友季子
謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学
  • 著者:鴻巣 友季子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(283ページ)
  • 発売日:2018-12-26
  • ISBN:4106038358
内容紹介:
これは恋愛小説ではない。分裂と融和、衝突と和解――現代をも照射する仕掛けに満ちた大長編を、作者の書簡等も交え精緻に読み解く。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

関連記事
鴻巣 友季子の書評/解説/選評
ページトップへ