書評

『怪しい来客簿』(文藝春秋)

  • 2017/07/03
怪しい来客簿  / 色川 武大
怪しい来客簿
  • 著者:色川 武大
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(310ページ)
  • 発売日:1989-10-01
  • ISBN-10:4167296047
  • ISBN-13:978-4167296049
内容紹介:
私が関東平野で生まれ育ったせいであろうか、地面というものは平らなものだと思ってしまっているようなところがある-「門の前の青春」。亡くなった叔父が、頻々と私のところを訊ねてくるようになった-「墓」。独自の性癖と感性、幻想が醸す妖しの世界を清冽に描き泉鏡花賞を受賞した、世評高い連作短篇。

思想や腕に覚えの絶技を支えにして、みずから望んで野にいて現体制と張り合う痩せ我慢を通した名士達人ではない。何かの拍子に英雄偉人伝の方に寝返ってしまうこともありそうな、畸においてすでに秀でた強者ではない。どう転んでもこの浮世では救いようのない、望むと望まざるとにかかわらず世の中からはみ出してしまった絶対弱者である。弱さと敗北における大ベテラン、逆さ吊りにした神である。世の中の仕組みが右から左へ変ったくらいでは、このキッタない神さまは微動だもしない。生噛りの政治思想にかぶれた学生諸君好みの「情況」にはとんと無縁の人びとなのである。

だから情況の雲行き次第で、「ああ、今日はマルクス君がくるな、毛さんがきそうだな」という具合に接客のスケジュールが立つというわけにはいかない。情況とやらとは無関係に、いつのまにか来ていてそこにいる。すなわち「怪しい来客」であり、事柄の性質上それが複数だから『怪しい来客簿』が出来上がる。さり気なく「来客簿」などとかわしているが、実は「畸人伝」の域をとうに越えて、「列仙伝、聖徒列伝」が正体であろう。

余談になるが、私は色川武大さんを個人的に存じ上げている。はじめてお目に掛ったのはかれこれ二十年程前、私は馳け出しの小説単行本編集者で、その年『黒い布』という小説で第六回中央公論新人賞を受けた作家色川武大に書き下し長篇を依頼に行ったのである。紹介者は夏堀正元か井出孫六のどちらかで、この二人は後に色川武大とともに「層」という同人雑誌に参加した。井出孫六は私の学生時代の同級生、夏堀正元はすでに私が担当者として通っていた現役作家である。記憶が確かではないが、たぶん夏堀さんの筋から行ったような気がする。

新宿の薄暗いバーでボソボソと話し合った。「カヌー」か、前の「風紋」ではなかったかと思う。色川さんは今ほどの巨体ではなかったが、すでに額は秀でていて、どこか野性の動物の精気と怯えが同時に感じられるような、ハッとするほど純粋な少年の眼をしていた。

「書きますよ。書きたいんだけど」言葉の上では色よい返事ということになるが、当りの感じでは外れであった。逃げられちゃったらしいな、と思った。

そのうち当方も編集者を辞め、話は勢い自然消滅となってしまったが、その後もバーなどではよく顔が合った。私も失業者なら、先方も正体不明である。今、何をなさっているのですか、などと訊ねるのは禁句であった。暁方まで飲んでいると、フッと消えてしまう。これから麻雀屋に行くのだという。ああ、この人は麻雀が好きなんだな、と私は思った。

数年後に週刊誌をめくっていたら、色川さんの顔が出てきた。署名は色川武大ではなくて阿佐田哲也で、話は麻雀の観戦記のようなものである。これで暁方の挙動不審の謎は氷解した。暁方近く色川さんは「朝ダ徹夜」の阿佐田哲也に変身して徹マンのプロになるのだ。

この分身術の連想からか、一時色川さんと混同してしまった人物がいる。主として明治民権運動のことを書く色川大吉という論客である。色川さんはずい分硬いことも書くのだなア、と思った。一字違いの二人色川を持ち前の早トチリでごた混ぜにしてしまったのだ。『秩父困民党群像』の井出孫六が共通の友人だから、その影響で硬派になったのかもしれないな、と勝手にコジつけていた。

まもなくこれは間違いと分かった。色川大吉は東京経済大教授であって、賭場には出入しない。切ったハッたの修羅場に野性動物の悲しい精気を湛えた眼を据えているのは、阿佐田哲也の方だった。そんなわけで、一時期、私のなかで色川さんは三人ぐらいの分身に分かれて、それぞれがてんでに猛烈に活躍していた。とりわけ阿佐田哲也のペンネームには感心して、これにあやかり、また大詩人中野重治にもあやかって、私は「浅野重治」というのを発明してひとりで悦に入っていたものだ。(愚妻の曰く、「お前さんはせいぜい蛭野三次って役柄だろ」)

まあそんなことはどうでもいいとして、『怪しい来客簿』の著者名を一目見て、「ああ、あの色川さんか」と思うに至るまでにはそういう経緯があったのである。「あの色川さん」というのは『黒い布』の色川武大という程の意味である。

編集者としての私は、当時、この小説の作者と、もう一人「近代説話」初号に発表された稀代のフェティシズム小説(確か『カメラ』という題ではなかったか)の作者清水正二郎にだけは、何とかして食いついてみたかった。

『黒い布』は古雑誌を引っくり返しでもしなければ、大方の読者には読む機会がないであろう。どういう内容かというと、一口に言えば、軍人の父と不良少年の息子との父子葛藤の小説である。しかしそうとだけ言い切ってしまうと、安岡章太郎風の戦後父子小説に連想が偏るおそれがある。

むしろこう言った方がいい。これは、志賀直哉の『小僧の神様』とそのパロディである石川淳の『焼跡のイエス』の世界を、小僧もしくは浮浪児の眼の方からはじめて眺めた小説ではあるまいか、と。では、それがどういう眼かというと、戦後も三十年経った現在ではもう説明が容易ではない。三十年前には、焼跡のいたるところで出会った眼である。上野の地下道や、まだ露天だった闇市の雑踏のなかで、どこかからその眼がこちらを窺っているのにふいに気がつく。下腹から肋骨辺にかけていきなり鋭利な剃刀で逆さまにスッスッと切り裂いてくるような眼、と言えばよろしかろうか。考えてみると、自分自身もときにはその眼の持主だったことがあるような気がする。私たちの同世代人では李珍宇がこの眼をしたまま死んだ。

色川さんにお目に掛るすこし前まで私は週刊誌記者をしていて、職業柄、よく釜ヶ崎や山谷に入ることがあった。するとやはりその眼が下腹のあたりから剃刀のように食い込んで、スッスッと殺ぎ上げてくる。焼跡に家が立ちはじめても、その界隈にだけはあの眼が残っていた。正確には、そういう眼の持主は、そこだけに場所を限って閉じ込められたのである。

その危険な眼が『黒い布』という小説に露出していた。もうなくなった、もう死んでしまったと思っていたものが、いきなり活字になって眼に飛び込んできたのである。怪しい来客は避け難い。その眼のまぶしさに顔をそむけて、私はその眼の持主に会いに行ったのかもしれない。編集者というのは矛盾した衝動を隠し持った職業人で、ときおり感嘆した才能を殺すために出向いて行くことがあるのである。先方は気配を察して身をかわす。つまりは私の負けであった。

(次ページに続く)
怪しい来客簿  / 色川 武大
怪しい来客簿
  • 著者:色川 武大
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(310ページ)
  • 発売日:1989-10-01
  • ISBN-10:4167296047
  • ISBN-13:978-4167296049
内容紹介:
私が関東平野で生まれ育ったせいであろうか、地面というものは平らなものだと思ってしまっているようなところがある-「門の前の青春」。亡くなった叔父が、頻々と私のところを訊ねてくるようになった-「墓」。独自の性癖と感性、幻想が醸す妖しの世界を清冽に描き泉鏡花賞を受賞した、世評高い連作短篇。

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週刊時代(終刊)

週刊時代(終刊) 1977年5月24

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