絶妙かつ啓発的な対話
大胆な、しかし、まことに直截(ちょくせつ)・明快な表題である。練達の臨床産婦人科医に、著名なサイエンスライターが、疑問をぶつけて食い下がる。そこから生み出される対話は、まことに絶妙、かつ啓発的である。妊娠から出産まで、観察し難い世界だからこそ、今まである程度神秘に包まれてきた。増崎先生に言わせると、今でも判(わか)っていることは僅かだそうだが、しかし、体内の状況を非侵襲的な方法で観察する技術が進んだお蔭(かげ)で、昔に比べれば、色々なことが判ってきた。そもそも、出生時の体重が昔とは随分変わった。八十数年前、私はほぼ一貫目(つまり約三千七百グラム)で生まれたという。三歳上の姉は一貫を遙(はる)かに超えて生まれたそうだ。それが標準だった。今は三千グラム前後が標準とのこと。増崎先生が立ち会った最重量の赤ちゃんは五千五百グラムあったという。最軽量は五百グラム足らず。いわゆる超低体重出生児の日本での記録(当然少なくとも然(しか)るべき期間は出生後生かすことができた)は二百六十グラムだそうな。
そもそも水生動物である胎児の排泄(はいせつ)についての話からして面白い。尿の大部分(一日七百CC程度らしい)は自分でまた飲んでいるし、便の方は世に出るまで溜(た)め込んでいる。それでも疑問はいくらでもある。羊膜・羊水はどこから来たのか。羊水は何故「汚れ」ない(汚れたら、処置が必要)のか。
胎内で胎児が何をしているか、こちらは、これまでにも種々報告があるので、多少は驚きは少ないが、それでも増崎先生の話は、様々な擬声語を交えて迫真的。胎児の仕事は眠ること、でも時に覚醒? 子宮の中はとてもやかましい、だから胎児は通常聴覚にマスクがかかっている? 彼らは笑う、泣く、あくびをする、しゃっくりする、退屈する。呼吸様の運動をして鼻から水を出す…。
今日本でもあらためて社会問題化しつつある新型出生前診断(NIPT)についても、増崎先生は率直に語る。母体血の分析で、十三、十八、二十一トリソミー(特定の染色体の三倍体化、数字はヒトの染色体の番号、最後のものが通常「ダウン症」と言われる)がある程度の確度で判断できる方法である。増崎先生の姿勢ははっきりしている。医師は積極的に説明も、まして勧誘もしない。当事者が望めば説明も、実行もするが、陽性が出ても必ず羊水検査でフォローすべき、と話す、と言う。
実はこの方法、一回に二十万円を超す費用がかかる。その検査はアメリカのさる機関が独占してきた。最近は幾つかの他の機関が割安で割り込んできて、市場競争になっている。だからやり方によっては、医療機関は相当の儲(もう)けになる。増崎先生は流石(さすが)に露骨には話されない(受けるなら、「適切な施設」で検査を受けてほしい、と暗々裏にアドヴァイスされているが)。しかし、現在日本では認定資格のない、産科医以外の医師が手がけることさえ起こっていて、一種の草刈り場になっているのだ。しかも、陽性を知らされた側は、九割以上がそのまま中絶へ走るという。
胎児は母体にとって異物(増崎先生は「半異物」と言われる)、何故母胎は排除しないのか。完全な解明はないようだが、その点が眼科の疾患に利用されているというのも興味深い。胎児由来の羊膜がその主役だ。つまり羊膜は免疫免除の組織らしい。
その他、帝王切開の問題、胎児治療(胎児の段階での医療的介入)の問題などなど、これから子を持とうとする人々ばかりでなく、純粋に知的にも興味津々の話題満載である。