書評

『ファントマ幻想―30年代パリのメディアと芸術家たち』(青土社)

  • 2021/09/04
ファントマ幻想―30年代パリのメディアと芸術家たち / 千葉 文夫
ファントマ幻想―30年代パリのメディアと芸術家たち
  • 著者:千葉 文夫
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(290ページ)
  • 発売日:1998-12-00
  • ISBN-10:4791756894
  • ISBN-13:978-4791756896
内容紹介:
世界恐慌とファシズムの影が忍び寄るシュルレアリズム分裂直後の30年代パリ。大衆小説から生まれて映画化され、アヴァンギャルドたちを熱狂させた変幻自在の犯罪王ファントマを草創期のラジオ… もっと読む
世界恐慌とファシズムの影が忍び寄るシュルレアリズム分裂直後の30年代パリ。大衆小説から生まれて映画化され、アヴァンギャルドたちを熱狂させた変幻自在の犯罪王ファントマを草創期のラジオ放送が取り上げた。番組を作ったのは四人の芸術家。ナチを逃れ渡米途中のクルト・ワイル、旅を経て精神病院に入るアルトー、強制収容所で死ぬことになるデスノス、キューバからの亡命者カルペンチエール。マスメディアとディアスポラの世紀の本番が始まる。メディアの世紀を覆う影。

電波のように遍在する幻

本書はその副題が示すとおり、一九三〇年代のパリで離合集散を繰り返した芸術家たちの横顔に、メディアとの関わりを通じて光をあてた、刺激的な文化史である。

この時代におけるメディアとは、サイレントからトーキーへと移行しはじめた映画であり、またそれ以上に、無線通信から発展し、報道やルポルタージュを経てあらたな形式を模索していた、ラジオという媒体を意味する。

一九三三年十一月、『ファントマ哀歌』と題された番組が、フランス全土に放送された。著者はこの番組の制作スタッフのなかに、思いがけない四人の芸術家の名前を見出す。作曲には、ナチスの迫害を逃れ、パリを経由してアメリカに渡ろうとしていたクルト・ワイル、声と演出にはメキシコへ旅立つ前のアントナン・アルトー、テキストにはシュルレアリスム運動と袂をわかっていたロベール・デスノス、音楽編集にはキューバから亡命してきたアレホ・カルパンチエール。

強烈な個性をもつ彼らをとりまとめたファントマとは、いったい何者なのか。ファントマは、一九一一年、ふたりの大衆小説家の共作によって生まれた、長大な連続活劇の主人公である。変幻自在、けっして正体を明かさない稀代の犯罪者。原著の表紙や挿し絵はもとより、詩人らによる讃歌や映画によって、ファントマ自身のイメージを増殖し、「複製芸術時代」を具現する存在となる。電波のように遍在する幻としてパリの神話を強固にしつつ、同時に人々の目を外へ、アメリカへと開かせたのだ。

著者は盟友たる悪漢を追う私立探偵さながらの愛と執念をもって、この幻を追う。幻を見た四人は、やがてファントマ同様、人生を変えていくだろう。ひとりは華やかなブロードウェイに、ひとりは孤独な精神病院に、ひとりはレジスタンス運動を経て強制収容所に、残る一人は、南米を代表する大作家の道に。

【この書評が収録されている書籍】
本の音 / 堀江 敏幸
本の音
  • 著者:堀江 敏幸
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • 発売日:2011-10-22
  • ISBN-10:4122055539
  • ISBN-13:978-4122055537
内容紹介:
愛と孤独について、言葉について、存在の意味について-本の音に耳を澄まし、本の中から世界を望む。小説、エッセイ、評論など、積みあげられた書物の山から見いだされた84冊。本への静かな愛にみちた書評集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ファントマ幻想―30年代パリのメディアと芸術家たち / 千葉 文夫
ファントマ幻想―30年代パリのメディアと芸術家たち
  • 著者:千葉 文夫
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(290ページ)
  • 発売日:1998-12-00
  • ISBN-10:4791756894
  • ISBN-13:978-4791756896
内容紹介:
世界恐慌とファシズムの影が忍び寄るシュルレアリズム分裂直後の30年代パリ。大衆小説から生まれて映画化され、アヴァンギャルドたちを熱狂させた変幻自在の犯罪王ファントマを草創期のラジオ… もっと読む
世界恐慌とファシズムの影が忍び寄るシュルレアリズム分裂直後の30年代パリ。大衆小説から生まれて映画化され、アヴァンギャルドたちを熱狂させた変幻自在の犯罪王ファントマを草創期のラジオ放送が取り上げた。番組を作ったのは四人の芸術家。ナチを逃れ渡米途中のクルト・ワイル、旅を経て精神病院に入るアルトー、強制収容所で死ぬことになるデスノス、キューバからの亡命者カルペンチエール。マスメディアとディアスポラの世紀の本番が始まる。メディアの世紀を覆う影。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 1999年2月7日

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