書評
『自転車不倫野宿ツアー「由美香」撮影日記』(太田出版)
北野武もすごいが平野勝之もすごいぞ
スポーツ新聞各紙に「北野武監督の『HANA-BI』空前の快挙、イタリアで公開三日間で興収八百万$突破、断然の一位!」という記事が出て、すごいなあと思っていたら、三日後「一位の作品は『HANA-BI』ではなく『ファイヤー・ワーク』(意味は“花火”)というイタリア作品でした」という訂正記事が出て、ズッこけた。ビートたけしとしては喜んでネタにしているのではないだろうか。
とにかく、北野武監督を筆頭に「日本映画は頑張っている!」という声があちこちで巻き起こっているわけで、いまや時代は「ワイン、日本映画、ポケモン」のようである。本屋店頭の雑誌の特集もこの三つが多い。
しかし、それだけ日本映画が流行っているというのに、北野武監督の名前はあっても平野勝之監督の名前は決して浮上してはこないのである。
ぼくがはじめて見た平野監督作品は「わくわく不倫旅行」。タイトルから想像されるようにアダルトヴィデオである。AVである。いや、正確にいうなら二時間二十分もあるAVなのだ。
いったい誰が二時間二十分もあるAVを見たがるだろう。AVの適正時間は三十分、あるいは四十五分、いくら頑張っても一時間がいいところだろう。
まあ、長さはいいとしよう。内容がエッチならAVとして成立するからだ。「わくわく不倫旅行」は自ら出演もしている平野監督が他の唯一の出演者である女優林由美香と、東京から日本最北端の稚内のそのさらに西にある礼文島のさらに北にある小さな岩礁、海驢(とど)島に向かって二人で自転車旅行(!)する様子を、千五十ニキロ、四十一日間にわたってドキュメントでおさめたものだ。二人はひたすらペダルをこぐ。野宿をする。疲れる。ケンカする。AVだからいちおうエッチもする(泣けるほどショボイ)。酔っぱらって寝ゲロを吐く。風邪をひく。毎日ラーメンを食べる(これは林由美香)。平野監督は女優林由美香に恋している。そのことを公言している。しかし、平野監督には妻がいる。平野監督は映画を撮ることにかこつけて、愛人と共に旅立ったわけでもある(この映画の構想を聞かされ、妻がガーンとショックを受けるシーンもちゃんと入っている)。
恋人たち(しかもそれが監督と女優)が過酷な旅を続ける、現実と虚構の混じった青春映画。となれば、映画ファンなら誰だって、ゴダール監督の畢生の名作「気狂いピエロ」(こちらは平野作品とは正反対に、南へ南へと逃げていったっけ)を思い出すだろう。ゴダールはピエロ役のベルモンドの口を通じて、アンナ・カリーナに愛の告白をしたが、平野勝之はラストシーンでミソラーメンの中にウ×コを混ぜて愛する林由美香に食べさせるのである。それって、それって、愛なのか?
ウソのような、ほんとうのような、本気のような、冗談のような、深刻のような、明るいような、暗いような、ただわかっているのは「エッチではない!」ことと映画への愛が溢れていることだけというこの超大作AVを見ながら、ぼくは、マンガやコピーを一つの(芸術)ジャンルとして成立させてしまったこの国で、ついにAVまでもがそんなジャンルに仲間入りをしてしまったのかと感心したのだった。
この作品をご覧になれない方は、撮影日記である『自転車不倫野宿ツアー』(太田出版)をお読みください。平野監督の文章もいいが、林由美香の文章もいい。いや、最後につけ加えてある「平野勝之の妻による長めのあとがき」も実にいい。なんてったって、いちばん終わりが「とても健全だと思う。以上」だもんね。あなたもすごい。
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