後書き

『失われた芸術作品の記憶』(原書房)

  • 2019/08/07
失われた芸術作品の記憶 / ノア・チャーニイ
失われた芸術作品の記憶
  • 著者:ノア・チャーニイ
  • 翻訳:服部 理佳
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(344ページ)
  • 発売日:2019-06-19
  • ISBN:456205669X
内容紹介:
天災、戦争、盗難など様々な理由で失われた芸術作品は現存する作品の数よりはるかに多い。失われた経緯、美術的価値などに迫る。
2019年4月にパリのノートルダム大聖堂で起こった火災事件は、記憶に新しいのではないでしょうか。価値あるものとして大切にされてきた美術作品でも、火事、戦争、水害、盗難などで、あっという間になくなってしまうのです。あまりに脆い人類の宝の運命をつづったノンフィクション、『失われた芸術作品の記憶』の著者はしがきの一部を特別公開します。

芸術作品は永遠ではない

失われた芸術作品を集めた美術館があったら、そこには、膨大な数の傑作が収められることになるだろう。世界中の美術館が所蔵するすべての作品を合わせても、その数には遠く及ばないはずだ。
ローマの財宝やアレクサンドリア図書館、宗教改革で破壊された宗教芸術、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館の盗難事件で盗まれた傑作の数々、イラク国立博物館や、膨大な数に及ぶ古代遺跡から略奪された美術品、過激派組織ISによって破壊された古代の建造物や彫像、ナチによって奪われた数々の財宝、現代になって盗まれたり、隠されたり、破壊されたりして失われた、おびただしい数の美術品。これらに思いを馳せると、人類の宝ともいえる芸術作品がいかに脆く儚いものか、痛感させられる。

人類が生み出した素晴らしい美術品の多くは盗難や破壊行為、偶像破壊、災難、故意や不注意による破壊等によって失われている。窃盗団の手に渡ったものは、未だに行方がわからないものも多い。
ドラマチックな捜査の果てに取り戻されたものも、わずかにあるが。どんなものが、どういう理由で失われたのか調べることは、今後どうすれば最良の形で芸術作品を保存することができるのかを考えていくことに役立つ。
また、数千年にわたる人類の創造の歴史を奇跡的に生き残ってきた数少ない作品が、いかに脆い存在であるかを知り、今ここにある芸術作品を大切にしていく上でも、重要である。
ただし、生き残ってきたからといって、必ずしもそれが、発表された当時、重要で影響力のある芸術品だったとは限らない。逆に、不運にも人の手や自然の力によって失われたり、破壊されたりしたからといって、美術史上価値のない作品というわけではない。

作品が現存することは奇跡

近代以前(1750年頃に起こった産業革命以前)の芸術家についていえば、現存し、その在りかがわかっている作品はほんの一部にすぎない。
例えばレオナルド・ダ・ヴィンチの場合、現代以降に書かれた文献で、彼の作品として言及されている絵画はおよそ15点だが、消息がわかっているものは3分の1程度にすぎず、少なくとも8点は失われている。
カラヴァッジオの場合は、本人の作品であることを証明する何らかの記録が存在する絵画は約40点あり(レオナルド・ダ・ヴィンチの場合と同様、その数は研究者によって異なる)、8点から115点程度(はっきりとした数はわかっていない)失われている。

その他にも、アテネの彫刻家ペイディアス、ヴェネツィアの画家ジョルジョーネ、ドイツの画家、版画家デューラーといった巨匠たちの作品が破壊されたり、盗まれたり、単に紛失されたりして、数多く失われていることは、研究者の間では周知の事実である。
こうした失われた作品は、当時はいずれも現存するものに負けないほど有名な作品ばかりで、美術史に埋めがたい穴を開けている。
レオナルド・ダ・ヴィンチの偉大な彫刻、《スフォルツァ騎馬像》が現存していれば、《モナ・リザ》と並ぶ傑作として扱われていただろう。ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの《正義の図》も、当時は、代表作といわれる《十字架降下》(現在はスペインのプラド美術館で展示されている)よりも有名だった。
焼失したピカソの《ドラ・マールの肖像》も《マリー・テレーズの肖像》の隣に展示されていただろうし、《ラオコーン群像》のブロンズ製のオリジナルも、ローマで発見された大理石の複製(現在、ヴァチカン美術館の特等席に展示されている)よりもずっと高く評価されていたはずだ。

このように、失われた作品は、在りし日が現存するものよりも評価され、世に知られていたものばかりだったということは多々ある。しかしわたしたちの芸術観は偏見に歪められ、現在見ることのできる作品をどうしても評価しがちだ。
芸術作品はときに1枚の紙のように儚く、降りかかる数々の危険を乗り越えて生き残ることは奇跡とも言えるが、本書のねらいは、この偏見を正して、現存する作品を改めて評価し直し、失われた作品の記憶を取り戻して保存することである。

本書で取り上げる作品は、単に世間の目を引きそうだからとか、巨匠と呼ばれる芸術家の失われた(あるいはほとんど失われた)作品だからとか、一癖も二癖もある登場人物や、どんでん返しが楽しめる面白い裏話があるからといった理由で選んだわけではない。ここで取り上げる作品が、今までにない美術史をわたしたちに見せてくれるからだ。

今日、美術史で主に取り上げられるのは、すでにさんざん説明され、議論され尽くした200点程度の現存する作品ばかりである。だが先に記したように、かつて存在するも失われた芸術作品の数々は、いまは違っても、その当時は現存する作品に負けず劣らず重要で、高く評価されていた。
以下の章では、いかに多くの素晴らしい作品が失われたかについて述べるにとどまらず、ためになり、美術史に対する理解も深まるような、作品の背景にある物語にも触れていきたい。

忘れられてきた芸術作品について語ろう

失われた芸術作品を列挙する行為は、戦いの後に記念碑に刻まれた死者の名を読み上げるようなものかもしれない。実際のところ、かなり似ている。死者の名前は、その人間の人生の代用語として働き、もういないからというだけの理由で、簡単に忘れさられるべきではないその人の生涯の物語を想起させてくれる。絵画や彫刻、建築物といった芸術作品にも同じことがいえるだろう。

どの作品も、目的があって制作され、数えきれないほどの人の手を渡って、大勢の人々に愛でられ、賞賛の目を注がれてきた。ときには嫌われ、罵られることさえあっただろう。ときには穏やかな、ときには絶大な影響力を持つこともあった(ミケランジェロの《ダヴィデ像》のような公共の彫刻がいい例だ)。ときに熱狂をかき立てることもあっただろう。
第4章で取り上げる偶像破壊の首謀者サヴォナローラは、15世紀のフィレンツェ芸術を目の敵にして、1497年の〝虚栄の焼却〟で燃やしてしまった。そして、ときには愛情をかき立てた。アダム・ワースが、トマス・ゲインズバラの《デヴォンシャー公爵夫人、ジョージアナの肖像》(1787年)を盗んで手元に置いていたのは、その絵が自分を捨てて他の男に走った、最愛の恋人に似ていたからだといわれている。

本書では、他の本がすでにこの世を去った人々の歴史について語るように、失われた芸術作品を蘇らせて、一部については軽く触れ、いくつかの作品については背景の物語を深く掘り下げて紹介していきたい。もう存在しない者たちにも語るべき物語があるからだ。そして、不当に見過ごされ、忘れられてきた彼らの物語を思い起こすことは、大事なことだからだ。

[書き手]ノア・チャーニイ(美術史家)
失われた芸術作品の記憶 / ノア・チャーニイ
失われた芸術作品の記憶
  • 著者:ノア・チャーニイ
  • 翻訳:服部 理佳
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(344ページ)
  • 発売日:2019-06-19
  • ISBN:456205669X
内容紹介:
天災、戦争、盗難など様々な理由で失われた芸術作品は現存する作品の数よりはるかに多い。失われた経緯、美術的価値などに迫る。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

関連記事
原書房の書評/解説/選評
ページトップへ