書評

『チョムスキーと言語脳科学』(集英社インターナショナル)

  • 2019/08/10
チョムスキーと言語脳科学 / 酒井 邦嘉
チョムスキーと言語脳科学
  • 著者:酒井 邦嘉
  • 出版社:集英社インターナショナル
  • 装丁:新書(256ページ)
  • 発売日:2019-04-05
  • ISBN:4797680377
内容紹介:
「言葉と脳」の研究で今最も注目される著者が、議論百出するチョムスキーの言語理論に迫る!子どもが楽々と言葉を身につけられるのはなぜか?第二言語の習得が難しいのはどうしてか?人工知能が言語をうまく扱えない本当の理由ーー。チョムスキーの理論を言語脳科学で実証し数々の謎が明らかに!すべ… もっと読む
「言葉と脳」の研究で今最も注目される著者が、議論百出するチョムスキーの言語理論に迫る!

子どもが楽々と言葉を身につけられるのはなぜか?
第二言語の習得が難しいのはどうしてか?
人工知能が言語をうまく扱えない本当の理由ーー。
チョムスキーの理論を言語脳科学で実証し数々の謎が明らかに!

すべての自然言語には共通の基盤があり、言語機能は生得的だとする「生成文法理論」は正しいのか。
言語研究の「革命」を告げるチョムスキー著『統辞構造論』を詳しく解説し、生成文法理論の核心となる〈文法中枢〉が脳内に存在することを、言語脳科学の実証実験によって明らかにする!

【内容】(「目次」より)
序章 「世界で最も誤解されている偉人」ノーム・チョムスキー
ダーウィンやアインシュタインと並ぶ革新性/文系の言語学を「サイエンス」にしたゆえの摩擦/「猿を研究すれば人間が理解できる」と思っていたが/チョムスキーがモデルにした「物理学」の発想とは
第一章 チョムスキー理論の革新性
現象論だけでは「サイエンス」にならない/「プラトンの問題」〜なぜ乏しい入力で言語を獲得できるのか/行動主義心理学との決定的な違い/「学習説」と「生得説」/チョムスキーが進化論を否定したという誤解/言語は双子から生まれたのかもしれない/文の秩序を支える「木構造」/「みにくいあひるの子」は何がみにくいのか/再帰的な階層性
第二章 『統辞構造論』を読む
言語研究の「革命」開始を告げる記念碑的著作/「装置」と見なせるような文法/動物の鳴き声を研究しても人間の言語の解明は「不可能」/文法のチョムスキー階層/句構造と構成素/句構造などを生み出す書き換え規則/文脈依存文法と文脈自由文法/句構造文法の限界を超えるには/「変換分析」というアイディア/言語理論を絞り込む三つの条件/「言語学的レベル」とは何か/統辞論と意味論/チョムスキー批判に答える
第三章 脳科学で実証する生成文法の企て
文法装置としての脳/脳の言語地図〜語彙・音韻・文法・読解の中枢/入力と出力を超える「脳内コミュニケーション」/自然な多言語習得を目指して/脳の活動を「見る」fMRI/言語能力と認知能力をどう区別するか/併合度の予想値と見事に一致した実験結果/脳腫瘍患者の「失文法」が明らかに
最終章 言語の自然法則を求めて
サイエンスにおける「仮説」/都合のよい解釈を避ける工夫/因果関係を証明することの難しさ/悪魔にだまされていないか

【著者略歴】
酒井邦嘉 言語脳科学者、東京大学大学院教授。1964年生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。1996年マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、2012年より現職。第56回毎日出版文化賞、第19回塚原仲晃記念賞受賞。脳機能イメージングなどの先端的手法を駆使し、人間にしかない言語や創造的な能力の解明に取り組んでいる。著書に『言語の脳科学』『科学者という仕事』(とも

「文法装置」に注目し脳内を探る

言葉ほどふしぎなものはなく、人間を知るには言葉を知らなければならないと言ってもよいように思うが、多様な言語の個別の研究はあっても共通性は見えて来ない。

そこに、人間の脳には「言葉の秩序そのもの」があらかじめ組み込まれているとし、「普遍文法」という魅力的な考え方を出したのが、N・チョムスキーである。もっともその主張にはわかりにくいところがあり、「世界で最も誤解されている偉人」と著者は言う。筆者もその考えの理解が難しかった。「かった」と過去形にしたのは、著者による理路整然とした明快な解説(専門家から出されている批判までも含めて)で分かったように思えてきたからである。

「人間は『言葉の秩序』を学習によって覚えるのではなく、誰もが生まれつき脳に『言葉の秩序』自体を備えている」。この言葉を支える基盤が三つあげられる。話され書かれた文の集積データ(コーパス)からパターンを抽出する方法で言語を解析せず、名詞・動詞などの特性を表す「素性」のはたらきに法則性を探すこと。なぜ子どもはこれまでに聞いたことのない文をつくれるようになるのかという「プラトンの問題」に答えること。文は必ず木構造(枝を出す構造)をもち階層性があり、同じような構造をくり返しあてはめて(再帰性)どんなに長い文も作れること。以上である。著者はこれを言語学をサイエンスにしたという。文に意味があるかどうかは別問題、文法的に正しく意味のない文はいくらもある。ここにあげた再帰性と階層性が文法を考える鍵と言える。

著者は、チョムスキーの主著『統辞構造論』を徹底的に読み、ここで言う文法の本質を解説する。統辞とはまさに「文を構成する時の文法規則」であり、チョムスキーはこう語る。「統辞論(syntax)は、個別の言語において文が構築される諸原理とプロセスの研究である。ある言語の統辞的研究は、分析の対象となっているその言語の文を産み出すある種の装置と見なせるような文法を構築することを目標としている。」

ここで著者が注目するのが「装置」という言葉であり、この文脈で「装置」と言えば脳であろうという。そして脳科学者として脳内に装置を探っていく。これまでにも言語に関しては「失語症」の研究が多くなされたが、注目は脳の入力と出力にだけ向けられてきた。理解(入力)の障害を「ウェルニッケ失語」、発語(出力)の障害を「ブローカ失語」と呼び、それぞれに相当する部位が知られている。実は「文法」の機能を失ったと思われる症例があるが、文法を担当する部位があるとは考えない研究者が多いのだ。

文法に関わる部位があるはずだと考えてfMRIなどを用いての実験を続けた著者は、脳内に語彙(ごい)・音韻・読解・文法に相当する部位があり、相互に関わり合いながらはたらいていること、その中で文法装置が車のエンジンの役割をしていることを見出す。

実は、文法装置があると分かってきた部位は、これまで短期記憶に関わるとされてきた場所と重なるのでこれを区別しなければならない。「太郎は、三郎が、彼を、ほめると、思う」というような文を見せて文法上の判断と記憶の有無を区別できるような問いを立てるという、よく工夫された方法で解答を導くプロセスは興味深い。更に文法中枢の損傷による「失文法」を確認した。これぞ「文法装置」と言ってよかろう。まだまだ検証すべき事実はある。一つ一つ石を積んでいくという著者に期待する。
チョムスキーと言語脳科学 / 酒井 邦嘉
チョムスキーと言語脳科学
  • 著者:酒井 邦嘉
  • 出版社:集英社インターナショナル
  • 装丁:新書(256ページ)
  • 発売日:2019-04-05
  • ISBN:4797680377
内容紹介:
「言葉と脳」の研究で今最も注目される著者が、議論百出するチョムスキーの言語理論に迫る!子どもが楽々と言葉を身につけられるのはなぜか?第二言語の習得が難しいのはどうしてか?人工知能が言語をうまく扱えない本当の理由ーー。チョムスキーの理論を言語脳科学で実証し数々の謎が明らかに!すべ… もっと読む
「言葉と脳」の研究で今最も注目される著者が、議論百出するチョムスキーの言語理論に迫る!

子どもが楽々と言葉を身につけられるのはなぜか?
第二言語の習得が難しいのはどうしてか?
人工知能が言語をうまく扱えない本当の理由ーー。
チョムスキーの理論を言語脳科学で実証し数々の謎が明らかに!

すべての自然言語には共通の基盤があり、言語機能は生得的だとする「生成文法理論」は正しいのか。
言語研究の「革命」を告げるチョムスキー著『統辞構造論』を詳しく解説し、生成文法理論の核心となる〈文法中枢〉が脳内に存在することを、言語脳科学の実証実験によって明らかにする!

【内容】(「目次」より)
序章 「世界で最も誤解されている偉人」ノーム・チョムスキー
ダーウィンやアインシュタインと並ぶ革新性/文系の言語学を「サイエンス」にしたゆえの摩擦/「猿を研究すれば人間が理解できる」と思っていたが/チョムスキーがモデルにした「物理学」の発想とは
第一章 チョムスキー理論の革新性
現象論だけでは「サイエンス」にならない/「プラトンの問題」〜なぜ乏しい入力で言語を獲得できるのか/行動主義心理学との決定的な違い/「学習説」と「生得説」/チョムスキーが進化論を否定したという誤解/言語は双子から生まれたのかもしれない/文の秩序を支える「木構造」/「みにくいあひるの子」は何がみにくいのか/再帰的な階層性
第二章 『統辞構造論』を読む
言語研究の「革命」開始を告げる記念碑的著作/「装置」と見なせるような文法/動物の鳴き声を研究しても人間の言語の解明は「不可能」/文法のチョムスキー階層/句構造と構成素/句構造などを生み出す書き換え規則/文脈依存文法と文脈自由文法/句構造文法の限界を超えるには/「変換分析」というアイディア/言語理論を絞り込む三つの条件/「言語学的レベル」とは何か/統辞論と意味論/チョムスキー批判に答える
第三章 脳科学で実証する生成文法の企て
文法装置としての脳/脳の言語地図〜語彙・音韻・文法・読解の中枢/入力と出力を超える「脳内コミュニケーション」/自然な多言語習得を目指して/脳の活動を「見る」fMRI/言語能力と認知能力をどう区別するか/併合度の予想値と見事に一致した実験結果/脳腫瘍患者の「失文法」が明らかに
最終章 言語の自然法則を求めて
サイエンスにおける「仮説」/都合のよい解釈を避ける工夫/因果関係を証明することの難しさ/悪魔にだまされていないか

【著者略歴】
酒井邦嘉 言語脳科学者、東京大学大学院教授。1964年生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。1996年マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、2012年より現職。第56回毎日出版文化賞、第19回塚原仲晃記念賞受賞。脳機能イメージングなどの先端的手法を駆使し、人間にしかない言語や創造的な能力の解明に取り組んでいる。著書に『言語の脳科学』『科学者という仕事』(とも

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年7月14日

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