書評

『会話を楽しむ』(岩波書店)

  • 2022/07/16
会話を楽しむ / 加島 祥造
会話を楽しむ
  • 著者:加島 祥造
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(216ページ)
  • 発売日:2004-10-20
  • ISBN-10:4004301971
  • ISBN-13:978-4004301974
内容紹介:
思わず話が弾んだり、新しい発見に満ちた楽しい会話を交わす-。そんな体験は誰にもある。しかし、日常生活では、それがまれなのはなぜなのか。英米文学に長く親しんだ著者が、日本人の会話と会話意識を欧米人のそれと対比させながら、会話を本当に楽しむための秘訣を説き明かす。人生を豊かにする会話へのユニークな案内。

水のように話す

たいへんな恋愛ブームだそうで、本屋の棚には恋愛論がめじろ押し。デートの最中、話題につまったら、しらけたときどうするか、なんてノウハウも巷に溢れているが、加島祥造『会話を楽しむ』(岩波新書)、これはもっと役に立つ。もちろん夫婦、親子、友人間、商談にも。ただの「お喋り」を「輝かしい会話」に変える秘訣に満ちた本である。

「私は人と人との会話を、かなりいいかげんなものだ、と感じている。すべての会話は、会話を構成しない――といったら、言いすぎだろうか」。著者が日本で最も荘子的人物とする辻まことの言である。きわだった自由な思考と行動に生き、それをユーモアと諷刺で表わした彼にしてこう述べた。

もちろん、本書は常套(じょうとう)句による平凡で陳腐な日常会話を軽蔑してはいない。沈黙が生きている状況もあるだろう。その効用も心得ている。しかしそこにとどまるのでは、いのちの味わいというものがないではないか。

日本人は寡黙のなかに深い意味を伝達しようとし、明るい派手な表現より地味で簡潔な表現を好んだ。「道」と名のつく諸芸は語り得ないところを伝達することをもって「道」としてきた。しかし「私たちの会話の伝統はいまや美質としての内的価値を失い、形式と表現不足と閉鎖性のなかで、活力のないものになってはいまいか」と著者はいう。

では何が輝かしい会話を妨げるのか。著者は専門である英文学からも縦横に引き、「旗本退屈男」や落語の「らくだ」まで登場させて探っていく。

まず人間タッチの「無駄口」が足りない。実用一点張り。妻が何かいえば「すぐ生意気言うな」。独演家と相槌屋。退屈な話をがまんするクセ。相手の言葉を上手に遮る芸がない。ネタを仕込む努力の不足。描写的話法の欠如。耳がいたい、いずれも思いあたることばかり。

人を退屈させるお喋りについては二節が割かれている。サマセット・モームの短編『冬の船旅』のミス・リードの話が面白い。

テーブルの会話をだらけさせたことがないと自慢する中年女性がいた。ドイツの客船で船長以下、みな自分との会話を楽しんでいると思い込む。そして船長の歌うタンホイザーの「夕星の歌」にうっとり。ところが、船長の方はドイツ語で「お、あれはなんたる退屈女だ!……これ以上つづいたら、あの女をのろい殺しちまうぞ!」と歌っていたというわけ。

そして、会話にとって一番大切なのは差別なき「人間対等観」と「開いた心」であるという。

会話には当意即妙の閃きや、空想力や創造性、経験や体験からくる他への共感力、情緒やユーモアへの転化など、数々の要素がその場に応じて織りこまれてゆくが、それらは己れひとりの頭脳の働きだけでは生じない。共に楽しむ開いた心が第一の条件なのだ。

競争社会はどうしても閉ざす行動を誘発し、会話を衰えさす。水のように緩急自在、自然に溢れて流れだし、興の趣くままに自分が運ばれ、ときに滝となってころげ落ちる喜びに満ちた会話。それを著者は女性性に深く根ざすと分析する。活気と交流に満ちた本だ。

【この書評が収録されている書籍】
読書休日 / 森 まゆみ
読書休日
  • 著者:森 まゆみ
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(285ページ)
  • 発売日:1994-02-01
  • ISBN-10:4794961596
  • ISBN-13:978-4794961594
内容紹介:
電話帳でも古新聞でも、活字ならなんでもいい。読む、書く、雑誌をつくる、と活字を愛してやまない森さんが、本をめぐる豊かな世界を語った。幼い日に心を揺さぶられた『フランダースの犬』、… もっと読む
電話帳でも古新聞でも、活字ならなんでもいい。読む、書く、雑誌をつくる、と活字を愛してやまない森さんが、本をめぐる豊かな世界を語った。幼い日に心を揺さぶられた『フランダースの犬』、『ゲーテ恋愛詩集』、そして幸田文『台所のおと』まで。地域・メディア・文学・子ども・ライフスタイル―多彩なジャンルの愛読書の中から、とりわけすぐれた百冊余をおすすめする。胸おどる読書案内。

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会話を楽しむ / 加島 祥造
会話を楽しむ
  • 著者:加島 祥造
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(216ページ)
  • 発売日:2004-10-20
  • ISBN-10:4004301971
  • ISBN-13:978-4004301974
内容紹介:
思わず話が弾んだり、新しい発見に満ちた楽しい会話を交わす-。そんな体験は誰にもある。しかし、日常生活では、それがまれなのはなぜなのか。英米文学に長く親しんだ著者が、日本人の会話と会話意識を欧米人のそれと対比させながら、会話を本当に楽しむための秘訣を説き明かす。人生を豊かにする会話へのユニークな案内。

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