書評

『住まいの基本を考える』(新潮社)

  • 2019/08/16
住まいの基本を考える / 堀部安嗣
住まいの基本を考える
  • 著者:堀部安嗣
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(128ページ)
  • 発売日:2019-04-25
  • ISBN:4103352922
内容紹介:
本当に心地よい家とは――住宅建築の名手が今あらためて考える、シンプルで普遍的な住まいのかたち。近作8軒の写真や図面とともに。

高性能と意匠、情緒の融合志す

ポルトガルにある白壁の町並みのような穏やかさとフィンランドの湖のような透明感を湛(たた)える設計で高い人気を誇る住宅建築の名手・堀部安嗣氏。個人住宅が中心であるだけに多くは公開されていないが、宿泊できるクルーズ船「ガンツウ」や田園風景に佇(たたず)むケーキ店「イヴェール・ボスケ」(加賀温泉)は訪問可能であり、事務所のサイトでも作品群を通覧できる。

堀部氏の住宅は、窓によって屋外をまるで絵画のように切り取る借景の妙や天井の低さが与える隠れ家のような安心感が高く評価されてきた。私はそれに、室内を動くとともに得られる視覚体験を付け加えたい。明るい玄関を入り、階段の暗がりを抜けて二階の大窓に達すると、ベランダの緑が目に飛び込んでくる。美しい光景がダイナミックに続くのだ。これは動線が的確に整理されているからこその視覚体験なのだろう。

その堀部氏の作風にも、近年になって微妙な変化が見受けられる。視覚を中心とする美観だけでなく、身体全体で感じ取られる「住みやすさ」が追究され始めたのだ。「ずっと昔から変わらない建築の価値を大切にしながらも、現代の生活や環境に無理なく適合し、さらには多くの人々が取り入れることができる技術でつくられる普遍性と応用力を兼ね備えた家」すなわち「ベーシックハウス」である。本書は近年の自作8点の手描き図面に発想の背景となった歴史的建築の写真を添え、考察を加えている。

戦後日本では、科学進歩の成果である冷暖房器具により温熱寒冷を強引にねじ伏せる「アクティブデザイン」やコンクリート造の家屋が一世を風靡(ふうび)した。ところが環境問題やシックハウス症候群、冷房の冷やしすぎによる体調不良が注目されると、一転して太陽エネルギーや気候風土をなるべく生かす「パッシブデザイン」に関心が向けられた。国によるエコハウスの推進もその一環だ。

けれどもそうした官製の流行と堀部建築には、かけ離れた印象がある。「現代の生活や環境に対応するには、新たな素材や工法によって、昔の優れたデザインを改良し、新たな手法や考えを取り入れてゆかなければならない」。そのように性能や合理性を高めながらも、意匠や情緒を手放さない点だ。

堀部氏は、環境適合性と情緒がかつての日本建築においては高いレベルで融合していたと言う。それにもかかわらず自然災害の体験から、在来の木造建築には構造的欠陥があるかに思われるようになった。震災で落ちたからと屋根には瓦が使われなくなり、軒庇(のきびさし)も繊細な配慮をもっては配置されなくなった。ところが近年では断熱気密に有利な工法と面で構造耐力をとる工法が融合し、ベーシックな木造工法がひとつの完成形に近づきつつあると言う。「高断熱高気密」により冬暖かく夏涼しいことを実現した「鎌倉大町の家」は、外観が古都の町並みに溶け込む落ち着きを持つ。

歴史や場所にかかわる体感の記憶を根幹に据えつつ環境に逆らわない美しい住宅建築といえば、昭和三年に藤井厚二が時代に先駆け竣工させた環境共生住宅「聴竹居」と、その設計思想をまとめた同年の『日本の住宅』を思い出す。とすれば本書は、アクティブデザイン盛衰の時期を挟んだその嫡子といえるだろう。

「見たことのない感じたことのないものを作り出」そうとする建築物の傲岸さに飽き飽きした人には、藤井-堀部という系譜が志す「体感の記憶を再現する」住宅が身心に沁(し)みるはずだ。カバーの一筆書きデッサンからも、堀部氏のただならぬ力量が見て取れる。
住まいの基本を考える / 堀部安嗣
住まいの基本を考える
  • 著者:堀部安嗣
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(128ページ)
  • 発売日:2019-04-25
  • ISBN:4103352922
内容紹介:
本当に心地よい家とは――住宅建築の名手が今あらためて考える、シンプルで普遍的な住まいのかたち。近作8軒の写真や図面とともに。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年7月28日

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