書評

『中国のこっくりさん―扶鸞信仰と華人社会』(大修館書店)

  • 2022/07/31
中国のこっくりさん―扶鸞信仰と華人社会 / 志賀 市子
中国のこっくりさん―扶鸞信仰と華人社会
  • 著者:志賀 市子
  • 出版社:大修館書店
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:2003-11-01
  • ISBN-10:4469231959
  • ISBN-13:978-4469231953
内容紹介:
扶鸞(ふらん)-それはいわゆる「自動書記」現象を利用した中国伝統の交霊術である。「こっくりさん」の中国版ともいえる扶鸞は、しかし日本の「こっくりさん」とは比較にならぬほど長い歴史を持ち、華人社会において今もなお人々の篤い信仰を集めている。香港・台湾におけるフィールドワークを軸に、その歴史的展開にも触れながら、人々の心を惹き付けてやまない扶鸞の魅力の謎に迫る。

SARSの時代に再び庶民の神様

そういえば家族がやっていた。こっくりさん、こっくりさん、来てください……だっけ。誰しもこっくりさんには多少の思い出がある。一時は凝った。でも、まもなくケロッと忘れた。

本場中国だとそうはいかない。こっくりさんは明治時代につくられた俗名。本来は扶鸞(ふらん)といい、これを信仰するのが扶鸞信仰だ。実践的にはT字型またはY字型の柳のけい筆(けいひつ)を一人または二人のけい手(けいしゅ)が支え、砂を敷いた「沙盤(さばん)」の上にけい筆の先端の突起を置くと、ひとりでに文字や記号を自動筆記する。お告げは、概して依頼者の希望の成否や病気の際の適切な治療薬名を指しているらしい。なかでも疫病の治療法。それかあらぬか扶鸞信仰は清末のペスト流行の時代にすさまじい勢いで拡大したし、現代でもSARSの出現とともに近代的医療設備のとぼしい地域に復活する傾向があるという。

扶鸞信仰の源流は五世紀頃の紫姑(しこ)神信仰に始まる。紫姑神はさる男の妾(めかけ)だったのが、正妻の嫉妬(しっと)に追いつめられて自殺した女性(神)。扶鸞信仰はそのせいか女性的なものと関(かか)わりが深いが、女性霊媒の独占物でなくなったのは、宋代の士大夫が伝統的な文字崇拝と結びつけて以来のこと。だから幸田露伴の随筆「扶鸞之術」で知られた神仙呂洞賓(りょどうひん)のような男性神もいる。

本書のハイライトは、著者が香港下町の扶鸞信仰の現場を探訪するうちに研究と信仰のはざまに陥り、ついに導師の許可を得て入信してしまうくだり。登場人物がそこらのおばさんやおじさんといった信者ばかりのせいか、宗教というより身近な生活感が強い。そんなつましい信者たちを抱える結社も、香港、台湾、東南アジアの華人社会、果ては中国本土の一部にまで日常的な影響を及ぼしているとなるとバカにならない。

今のところ中国政府は扶鸞結社を公認していない。それでも著者の見るところ、「少なくとも、地下に潜んでいた扶鸞信仰の水脈が、今後もあちこちで地表に顔を覗(のぞ)かせ」る可能性は大いにあるという。ましてやSARSやインフルエンザ流行の徴候(ちょうこう)ありともなれば。
中国のこっくりさん―扶鸞信仰と華人社会 / 志賀 市子
中国のこっくりさん―扶鸞信仰と華人社会
  • 著者:志賀 市子
  • 出版社:大修館書店
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:2003-11-01
  • ISBN-10:4469231959
  • ISBN-13:978-4469231953
内容紹介:
扶鸞(ふらん)-それはいわゆる「自動書記」現象を利用した中国伝統の交霊術である。「こっくりさん」の中国版ともいえる扶鸞は、しかし日本の「こっくりさん」とは比較にならぬほど長い歴史を持ち、華人社会において今もなお人々の篤い信仰を集めている。香港・台湾におけるフィールドワークを軸に、その歴史的展開にも触れながら、人々の心を惹き付けてやまない扶鸞の魅力の謎に迫る。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2004年1月25日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
種村 季弘の書評/解説/選評
ページトップへ