書評

『河東碧梧桐―表現の永続革命』(文藝春秋)

  • 2019/11/16
河東碧梧桐―表現の永続革命 / 石川 九楊
河東碧梧桐―表現の永続革命
  • 著者:石川 九楊
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(405ページ)
  • 発売日:2019-09-19
  • ISBN-10:4163911006
  • ISBN-13:978-4163911007
内容紹介:
正岡子規の直弟子ながら、高浜虚子の系統に抹殺された伝説の俳人・河東碧梧桐――その生涯を通じ短詩形と書字の深淵に迫る著者集大成

西洋の発想から生まれない批評眼

伝記を思わせるような書名だが、作家の生涯を幼少時から時系列に記述したものではない。本来、河東碧梧桐論として意図されたものだが、その射程は作家論を遥かに超え、日本文学の表象形式と内容の相関性を根底から問い直すものになっている。

日本語は漢字語とひらがな語とカタカナ語という三文字語の混合体、多重言語である。日本文学は三文字語の混合体である日本語とともに生き永らえてきたが、そのせめぎ合いはとくに和歌や俳句などに顕著に現れている。そのような言語・文学観を踏まえ、著者は日本の韻文を理解するために、詩句の内容だけでなく、書き記されている筆跡つまり書にも注目する必要があると説いている。

このまったく新しい批評眼を説明するのに、河東碧梧桐が取り上げられているのは二つの理由がある。長いあいだ、俳句は印刷されるためのものではなく、筆で書いて同人たちのあいだでやり取りされていた。句と書との緊張関係は、俳句が群を抜き、書にも長けた俳人の作品にもっとも先鋭的に現れている。近代書史において、誰よりも河東碧梧桐がその条件にぴったりの人物である。

もう一つの理由は、河東碧梧桐は俳句の変革期の真っ只中に身を置いたからだ。碧梧桐において、俳句の改革は書の探求と切っても切れない関係にある。

近代に入って、俳句はもはや自己完結の村社会に引きこもることができなくなった。井戸から出た蛙が世界に飛び込んだとき、目にした世界を表現しなければならない。俳句は果たしてその大役に堪えうるのか。正岡子規はそのことを危惧し、子規を兄事する河東碧梧桐もその危機感を共有した。俳句を窮地から救い出すためには、大胆な俳句革新を試みるしかない。河東碧梧桐は正岡子規とともにこの運動を先導したが、子規の死後もたえず新たな表現の道を探し求めつづけていた。

閉塞感を打ち破るために、共同作句修行の「俳三昧」を企てたり、国内や海外への旅に出たりする。そのなかで「六朝書」との出会いは大きな転換点になった。石碑に刻まれた文字との出会いにより、書の風格ががらりと変わり、その刺激により新傾向俳句も誕生した。

著者によると、俳句の文と書とは特殊な関係にあり、文の下層には書があるという。書は一直線に文につながり、文は書から生えてくる。書のふるまいが文体はもとより文そのものをも作り上げている。書のわからない人間は逆立ちしても気付かない観点であろう。碧梧桐において、その書が俳句を生む力の根源になっているという分析は、詳細な俳句の読みと書のわかりやすい解説を通して雄弁に示されている。

俳句と書とのあいだに情動的な共通性を見いだし、創作と書写が同期(シンクロナイズ)するという指摘は、文芸批評としては画期的なものである。西洋文学ならともかく、漢字文化圏の文学に当てはまるのは言を俟(ま)たない。

そういえば、俳句もそうだが、和歌はもともと贈答のためのものであった。『万葉集』なら木簡か竹簡、平安時代になると、絹か貴重な紙に書かれて贈与されていた。文字が書かれている媒体にはアウラがあり、呪術的な力を持っていた。著者の「文/書一体論」をさらに敷衍(ふえん)すれば、文つまり内容は、文字の書かれている木簡や絹や紙などの媒体と一体になり、統合された作品として重宝がられていたのかもしれない。少なくとも両者は同等の価値があったのであろう。西洋の文芸批評からは決して生まれない発想で、古代、中世、近世にさかのぼって展開してほしい。
河東碧梧桐―表現の永続革命 / 石川 九楊
河東碧梧桐―表現の永続革命
  • 著者:石川 九楊
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(405ページ)
  • 発売日:2019-09-19
  • ISBN-10:4163911006
  • ISBN-13:978-4163911007
内容紹介:
正岡子規の直弟子ながら、高浜虚子の系統に抹殺された伝説の俳人・河東碧梧桐――その生涯を通じ短詩形と書字の深淵に迫る著者集大成

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年10月13日

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