書評

『下水道映画を探検する』(講談社)

  • 2020/10/17
下水道映画を探検する / 忠田 友幸
下水道映画を探検する
  • 著者:忠田 友幸
  • 出版社:講談社
  • 装丁:新書(288ページ)
  • 発売日:2016-04-26
  • ISBN-10:4061385852
  • ISBN-13:978-4061385856
内容紹介:
時に怪物が潜み、時に逃亡者が駆ける映画の名脇役・下水道。映画の中の下水道を徹底解説する『月刊下水道』の人気連載、遂に書籍化!

『第三の男』も『アリゲーター』も。映画は下水道だ!

人の数だけ映画の見方はある。評論家の仕事は、人がそれまで気づいていなかった新しい視点を提供することである。ならば誰にも真似できない真に独特な価値判断こそが評論家の存在意義だ。今年ナンバー1の映画評論本を紹介する(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2016年)。忠田友幸の『下水道映画を探検する』(星海社)こそ、今年最高の映画評論集である。

忠田友幸は名古屋市下水道局の技師として、2015年に退職するまで40年間実直に勤めあげた下水道一筋の人である。その彼にはひとつの趣味があった。すなわち映画を観ては、そこに登場する下水道をチェックすることである。篤実な下水道研究の成果は雑誌『月刊下水道』に「スクリーンに映った下水道」という連載として発表された。それを本にまとめたのが本書である。まさかの下水道づくしの1冊だ。

本書では、すべての映画は「下水道は登場するか?」「その下水道は正しいか?」この2点のみにおいて評価される。たとえば『第三の男』だとこうである。

「映画史上に残る名作に下水管が登場するのは、実に幸運なことである。その一本によって、下水道の存在が、観た人々の記憶に確実に刻まれることになる」もちろん、ハリー・ライムが逃げ込む下水道のことである。「光と影で描かれる下水道をぜひ映画でご覧いただきたい」

本書最大の読みどころは豊富な下水道知識だ。冒頭には「下水道の基礎知識」として「合流式と分流式」「マンホールと接続室」「ヒューム管、カラー、卵形管、矩形きょ」と辞書形式で項目が立てられ、下水道用語がわかりやすく説明されている。おかげで下水道についてもいくたりかを学ぶことができた。そもそも「下水道」とひとくくりにしているが、そこには雨水を流す「雨水管」と汚水を流す「汚水管」の2種類があり、それがひとつになるのが「合流式」、2系統に分かれて流れるのが「分流式」である。「映画のなかで、都会のネズミなどがU字溝から管を通って、台所の排水口に出てくる場面があるが、都会ならほとんど下水道が整備されているはずなので、ありえない」ということになる。管と管との接合部にマンホールがあり、幹線の管同士が合流する場所は「接続室」と呼ぶ。などなど。

本は映画内での下水管の利用法に合わせて章立てされている。第1章は「ネズミ」。下水道といえばネズミなので、『ベン』から『レミーのおいしいレストラン』までさまざまなネズミ映画が登場する。なお『レミー』については「郊外にある一軒家から川のような排水路に流され、パリの下水管に流れ着くシーンには首をかしげる。一般的に考えて、下水管は都心部から郊外に流れるものだろう」ともっともな突っ込みが入る。

さらには「災害」、「モンスター」(もちろん『アリゲーター』!)、「逃走路」、「強奪」、「脱獄」などなど。「強奪」編では実際にフランスで起きた銀行強盗事件が映画作家たちの想像力を強く刺激したことがよくわかる。『掘った奪った逃げた』で描かれている、下水管から銀行の地下金庫まで穴を掘って金を奪った事件である。映画の中には下水道の特性をうまく活用したものもある。たとえば合流式の下水管なら雨が降ると水量が急速に増す。それをサスペンスに活用していれば当然ポイントは高い。

残念ながら日本映画においては下水道の地位は低い。「どうも日本の作家や脚本家は、下水道や地下の埋設物についてきちんと調べずに、想像のみで話を作っているようだ」と『ぼくらの七日間戦争』の評にあるように。『女囚さそり けもの部屋』の映画的には素晴らしい下水道も「邦画にありがちな訳のわからない下水道」と一蹴。アニメ『川の光』では「下流に向かう際に管が二本に分かれる描写もあり、通常、最下流の下水処理場に向けて管が合流を重ねていく下水管の流れもまったく理解されていない」と手厳しい。だが、そんな中の希望の星が仙台市建設局全面協力の『ゴールデン・スランバー』で、優れた下水道映画を日本が送りだした誇りと喜びにあふれたレビュウは多幸感に満ちている。

映画のすべては下水道との関係によって評価される。ビクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』では、ジャン・バルジャンは下水道を通って逃亡する。だから「ジャン・バルジャンは、コゼットに愛と幸せを与えたが、彼が下水管を逃げたことによって、世界の人々にその存在を知らしめた。彼は、世界の下水道関係者にも与してくれたのかもしれない」

あなたにも、下水道映画の恵みがありますように。
下水道映画を探検する / 忠田 友幸
下水道映画を探検する
  • 著者:忠田 友幸
  • 出版社:講談社
  • 装丁:新書(288ページ)
  • 発売日:2016-04-26
  • ISBN-10:4061385852
  • ISBN-13:978-4061385856
内容紹介:
時に怪物が潜み、時に逃亡者が駆ける映画の名脇役・下水道。映画の中の下水道を徹底解説する『月刊下水道』の人気連載、遂に書籍化!

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初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2016年12月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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