日本人の仕事観を疑う
僕が勤めている大学の隣には日本有数の巨大飲料メーカーの本社がある。お昼時にはその会社の周囲に、日替わりで十台近くのケータリング・ワゴンがやってくる。若い料理人が一人で車内で調理したこだわりの料理が販売され、この会社の社員を中心にした行列ができる。ここでの売り手と買い手の間には、生涯賃金としては大きな差がつくことになるのだと思うが、そのどちらの仕事のほうが、喜びのある、面白いものなんだろう、と僕は常々考えこむ。学生たちは毎日その対比の光景を見て通学しているわけだが、「就活」となると、どちらを選択すべきかは自明だ、というのが現代日本の主流の価値観だ。大企業に雇用されているほうが安定していて未来が確実だから、という理由だ。非正規雇用の恐怖はなおさらその傾向に拍車をかけた。しかしこの本は、安定した未来のために現在を我慢するのがいいのか、第一、安定というのは幻想ではないのか、と問いかけ、反主流的な働き方へと挑発的にいざなう。
著者はタンザニアの市場で自ら古着の行商人として働いたりしながら、この種のインフォーマルな、「その日暮らし」の生存戦略を研究してきた。そして、日本人の仕事観が世界の全体の中ではきわめて異様なものであることを示す。世界の大部分では安定した雇用はむしろ稀(まれ)なものであり、ほとんどの人が雇用されずに自分の工夫で小規模なビジネスを展開して人生を構築している。そのような仕事では未来はまったく不確実だが、まさにそれゆえ、急速な成長が可能であり、状況の激変にも対処でき、リスクの分散もしやすくて、かえって強さと安定性があるというのだ。不確実であることは希望がないことと同義ではないという。
日本では徹底的にネガティブなものとしてとらえられている「インフォーマル」な働き方を、高い柔軟性をもった優れた生存戦略としてとらえなおし、日本人の生き方の改革を提起する刺激的な本である。