書評

『「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済』(光文社)

  • 2021/10/09
「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 / 小川  さやか
「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済
  • 著者:小川 さやか
  • 出版社:光文社
  • 装丁:新書(224ページ)
  • 発売日:2016-07-14
  • ISBN-10:4334039324
  • ISBN-13:978-4334039325
内容紹介:
わたしたちはしばしば、「働かない」ことに強くあこがれながらも、計画的にムダをなくし、成果を追い求め、今を犠牲にしてひたすらゴールを目指す。しかし世界に目を向ければ、そうした成果… もっと読む
わたしたちはしばしば、「働かない」ことに強くあこがれながらも、計画的にムダをなくし、
成果を追い求め、今を犠牲にしてひたすらゴールを目指す。
しかし世界に目を向ければ、そうした成果主義、資本主義とは異なる価値観で
人びとが豊かに生きている社会や経済がたくさんあることに気づく。
「貧しさ」がないアマゾンの先住民、気軽に仕事を転々とするアフリカ都市民、海賊行為が切り開く新しい経済・社会……。
本書では、わたしたちの対極にあるそうした「その日暮らし、Living for Today」を人類学的に追求し、
働き方、人とのつながり、時間的価値観をふくめた生き方を問い直す。

日本人の仕事観を疑う

僕が勤めている大学の隣には日本有数の巨大飲料メーカーの本社がある。お昼時にはその会社の周囲に、日替わりで十台近くのケータリング・ワゴンがやってくる。若い料理人が一人で車内で調理したこだわりの料理が販売され、この会社の社員を中心にした行列ができる。ここでの売り手と買い手の間には、生涯賃金としては大きな差がつくことになるのだと思うが、そのどちらの仕事のほうが、喜びのある、面白いものなんだろう、と僕は常々考えこむ。

学生たちは毎日その対比の光景を見て通学しているわけだが、「就活」となると、どちらを選択すべきかは自明だ、というのが現代日本の主流の価値観だ。大企業に雇用されているほうが安定していて未来が確実だから、という理由だ。非正規雇用の恐怖はなおさらその傾向に拍車をかけた。しかしこの本は、安定した未来のために現在を我慢するのがいいのか、第一、安定というのは幻想ではないのか、と問いかけ、反主流的な働き方へと挑発的にいざなう。

著者はタンザニアの市場で自ら古着の行商人として働いたりしながら、この種のインフォーマルな、「その日暮らし」の生存戦略を研究してきた。そして、日本人の仕事観が世界の全体の中ではきわめて異様なものであることを示す。世界の大部分では安定した雇用はむしろ稀(まれ)なものであり、ほとんどの人が雇用されずに自分の工夫で小規模なビジネスを展開して人生を構築している。そのような仕事では未来はまったく不確実だが、まさにそれゆえ、急速な成長が可能であり、状況の激変にも対処でき、リスクの分散もしやすくて、かえって強さと安定性があるというのだ。不確実であることは希望がないことと同義ではないという。

日本では徹底的にネガティブなものとしてとらえられている「インフォーマル」な働き方を、高い柔軟性をもった優れた生存戦略としてとらえなおし、日本人の生き方の改革を提起する刺激的な本である。
「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 / 小川  さやか
「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済
  • 著者:小川 さやか
  • 出版社:光文社
  • 装丁:新書(224ページ)
  • 発売日:2016-07-14
  • ISBN-10:4334039324
  • ISBN-13:978-4334039325
内容紹介:
わたしたちはしばしば、「働かない」ことに強くあこがれながらも、計画的にムダをなくし、成果を追い求め、今を犠牲にしてひたすらゴールを目指す。しかし世界に目を向ければ、そうした成果… もっと読む
わたしたちはしばしば、「働かない」ことに強くあこがれながらも、計画的にムダをなくし、
成果を追い求め、今を犠牲にしてひたすらゴールを目指す。
しかし世界に目を向ければ、そうした成果主義、資本主義とは異なる価値観で
人びとが豊かに生きている社会や経済がたくさんあることに気づく。
「貧しさ」がないアマゾンの先住民、気軽に仕事を転々とするアフリカ都市民、海賊行為が切り開く新しい経済・社会……。
本書では、わたしたちの対極にあるそうした「その日暮らし、Living for Today」を人類学的に追求し、
働き方、人とのつながり、時間的価値観をふくめた生き方を問い直す。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 2016年9月4日

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