書評

『大学病院で母はなぜ死んだか』(中央公論社)

  • 2020/05/30
大学病院で母はなぜ死んだか / 古森 義久
大学病院で母はなぜ死んだか
  • 著者:古森 義久
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(445ページ)
  • 発売日:1998-05-01
  • ISBN-10:4122031397
  • ISBN-13:978-4122031395
内容紹介:
ガン手術が成功し、退院時期までも約束されていた患者を襲ったあまりにも早すぎる死。大学病院で母を喪ったジャーナリストが、その一部始終を克明に綴るとともに、大学病院、日本医療界が抱えるさまざまな問題点をあぶり出す。第1回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム作品賞受賞作。

環境劣悪、現代の奇怪な「城」

著者は新聞社の特派員で、世界を渡り歩き、現在はワシントンにいる。奥さんはガイジンである。そういう情況だから、日本へ帰ることは稀になる。だが老いた母親はひとり日本にいるのだ。心配ではあるが健康ならば、それほど気にはかからない。

ある夜、東京から国際電話が入った。どうも癌らしい。すぐにかけつけたい。でも仕事は放棄できない。まずは遠隔操作のようなかたちで、ワシントンから日本へ電話を入れ、もどかしい思いでつてを辿り、母親の入院を準備する。物語は、そこからはじまる。現代のビジネスマンなら身につまされる設定である。

著者の心情はときには抑制を失するほどで、不安、敵意、怒り、慨嘆が行間にあふれ出る。強い感情が表出されながらも描写は的確で、それは観察力が鋭いからだが、つぎつぎと具体的なエピソードをえぐり連ねていく。読みながら思った。そうか、これは現代の私小説なんだな、と。あまりにも絵空事に淫した書きものが増えると、私小説がよみがえるのだ。とはいえ、本書はノンフィクションであり、すべて実名で綴られている。

母親は、無事に大学病院に入院することになった。だが大学病院はどうしてこれほど劣悪なのか。高い差額ベッド代を取るのに、エアコンもない。トイレは狭く、汚い。著者は「何十年も前に通った区立の小学校の、古い木造校舎の便所を思い出し」た。経済大国のはずなのに。患者はまるで収容所の囚人のようだ。

不吉な予感は、しだいに母親の病態を覆っていく。連日、検査を受ける。息子は医師にどんな具合ですか、と情報を求めたい。廊下で医師を待ち声をかける。「重大な手術の説明」も、「廊下での立ち話」になる。集団回診が「マーチの行進のように」病室を蹂躪する。患者の人権など、どこ吹く風である。そして機械的に、患者や家族の了解を得ずに抗癌剤が投与される……。さながら大学病院は現代の奇怪な「城」なのであった。
大学病院で母はなぜ死んだか / 古森 義久
大学病院で母はなぜ死んだか
  • 著者:古森 義久
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(445ページ)
  • 発売日:1998-05-01
  • ISBN-10:4122031397
  • ISBN-13:978-4122031395
内容紹介:
ガン手術が成功し、退院時期までも約束されていた患者を襲ったあまりにも早すぎる死。大学病院で母を喪ったジャーナリストが、その一部始終を克明に綴るとともに、大学病院、日本医療界が抱えるさまざまな問題点をあぶり出す。第1回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム作品賞受賞作。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1995.05.28

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