書評
『西條八十―唄の自叙伝』(日本図書センター)
西条八十再び
歌謡曲の作詞家と芸術歌曲の詩人と、現代ではこの二つは全く違うものとして扱われている。しかし、北原白秋、野口雨情、佐藤惣之助、サトウハチローらが書いた詩は、歌謡曲にもなり、芸術歌曲にも作られた歴史がある。
そういうなかで、もっとも広く豊かに両方にまたがる仕事をしたのは、西条八十である。八十は東京っ子で、石鹸会社社長の御曹司であったが、早熟の象徴派詩人として早くから注目を集めた。一方で頗る語学の才に恵まれ、早稲田の吉江喬松に師事したことから早稲田の仏文学教師に抜擢され、以後、フランス文学者・詩人・歌謡曲作詞家と、各方面に大きな足跡をしるし、小説やエッセイなどにも佳品を残した。
八十はまたなかなかの粋人で、色恋方面にも多彩な活躍をしたことでも名高かったが、なかでも、三十二歳のときにパリに留学の折り、山岸元子という若く美しい画学生と恋に落ちて、二年ほどは同棲をしていたことがある。そのことを、八十は幾つもの詩に詠み、なおかつ帰国後、初めて委嘱された映画主題歌『巴里の屋根の下』に切々と描き出した。
無類の賢夫人晴子の寛大さに助けられてこれらはスキャンダルにはならなかったが、しかし、そういうあれこれのことを、また八十はこの『唄の自叙伝』のなかに、かなり赤裸々に書いている。
この本は、西条八十という巨大な詩人の創造の営みの背後にどんな喜怒哀楽が伏在していたかを述べて、その達意の文は淡々としたなかに趣深く、一読まことに興味尽きぬものがある。八十の歌も最近は段々歌われなくなってきているが、本書を読みつつ再び聞いてみると、万感の思いがうたた交錯することであろう。
初出メディア

スミセイベストブック 2006年5月号
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