書評

『ガブリエラ・ミストラル―風は大地を渡る』(JICC出版局)

  • 2020/07/15
ガブリエラ・ミストラル―風は大地を渡る / 芳田 悠三
ガブリエラ・ミストラル―風は大地を渡る
  • 著者:芳田 悠三
  • 翻訳:吉田 美意子
  • 出版社:JICC出版局
  • 装丁:単行本(279ページ)
  • 発売日:1989-06-01
  • ISBN-10:4880635642
  • ISBN-13:978-4880635644
内容紹介:
ノーベル文学賞詩人ミストラルの全軌跡を追う。ラテンアメリカの熱い大地の息吹きをのせて、あざやかな一陣の風が吹き抜けた。ガブリエラ・ミストラル。愛の激しい情念を歌い、女の自立と平和を追求したチリの女流詩人。謎多き「風の詩人」の生誕百年におくる清新な評伝文学。

ラテンアメリカが生んだすてきな女

一九一〇年代の南米に一群の女性詩人が輩出する。彼女たちはモデルニスモ(近代主義)の純粋詩に対する反動として、日本でいえば与謝野晶子のように、個人的な愛を奔放にうたった。だがその中で、ラテンアメリカで初めてノーベル文学賞を受けたチリのガブリエラ・ミストラルは、恋人の自殺という個人的体験を昇華させ、生涯独身を貫きながら、幼い者、虐げられた者への愛をうたうことにより唯一普遍性を獲得した。こうした文学史的事実、あるいは長らく教員を務め、その後外交官となり、国連で活躍したといった伝記的事実は、ラテンアメリカ文学に興味を持てば、ただちに知ることができるだろう。

けれどその種の断片的知識は、ともすれば高潔なグレートマザーのような人物を想像させてしまう。事実彼女にはそうした側面があったようだが、しかし著者は詩人の生涯に肉薄することで、ステレオタイプなイメージを覆していく。それが可能となったのは、著者が実は夫婦であり、そのため両性具有の眼を持っていること、そして何よりも、実際にミストラルの足跡を辿る旅に出たことによる。巻末に挙げられた参考文献の数は、入手困難という条件をさし引いても決して多いとはいえないが、詩人縁(ゆかり)の地、関係者に直に接したことがそのハンディを十分に補っている。

ラテンアメリカの作家の多くと同様、ミストラルも旅人であり、晩年はアメリカに住み、故国にはほとんど戻らなかった。それは単に彼女が外交官だったからだけではない。その放浪が父親の出奔を原因として早くも子供時代から始まっていること、教職に就き、また詩人として認められてからは、中学校さえ出ていないという学歴ゆえの差別、才能に対する妬みなどにより、さらに外交官となってからは独裁政権やファシストの圧力により、生涯安住の地を得られなかったことを著者は語っている。

小学校時代、いわれのない盗みの罪を着せられ、教師にけしかけられた同級生たちに石をぶつけられる件など、下手をすればお涙頂戴になってしまうところだが、詩人に敬愛の念を抱きながらも客観的であろうとする語り口には好感が持てる。しかしミストラルには、こうした迫害に耐えうるばかりでなく、ノーベル賞受賞後の凱旋の折に、かつて自分の詩を曲解したばかりか淫らな噂を立てた町を無視するという強さがある。このような側面やラテンアメリカで支配的なマチスモ(男性優位主義)を厳しく批判する態度は、教育者としての側面と相俟(あいま)って、彼女を闘士型の女権論者と見る見方を生むことにもなるのだが、実際の彼女は時流に乗ったウーマンリブにはきわめて批判的だった。

それは彼女の思想が農民と生活を共にする中で育まれた、文字通り地に足の着いたものだったからだ。革命後のメキシコ政府に教育の助言者として招請されたのも、彼女の唱える教育が土地と結びついたものであることを、時の文部大臣バスコンセロスが見抜いていたからだろう。この招請にせよノーベル賞受賞にせよ、ミストラルの評価はいつでも外から始まる。もっともそれはラテンアメリカの優れた作家の宿命なのかもしれない。

アメリカニスモをラテンアメリカ主義ではなく汎アメリカ主義としていたり、モデルニスモ、スペインの「九八年世代」、「一九二七年の世代」などについての認識に多少問題はあるが、ミストラルとその時代を再現した評伝として、教えられるところが多かった。
ガブリエラ・ミストラル―風は大地を渡る / 芳田 悠三
ガブリエラ・ミストラル―風は大地を渡る
  • 著者:芳田 悠三
  • 翻訳:吉田 美意子
  • 出版社:JICC出版局
  • 装丁:単行本(279ページ)
  • 発売日:1989-06-01
  • ISBN-10:4880635642
  • ISBN-13:978-4880635644
内容紹介:
ノーベル文学賞詩人ミストラルの全軌跡を追う。ラテンアメリカの熱い大地の息吹きをのせて、あざやかな一陣の風が吹き抜けた。ガブリエラ・ミストラル。愛の激しい情念を歌い、女の自立と平和を追求したチリの女流詩人。謎多き「風の詩人」の生誕百年におくる清新な評伝文学。

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朝日ジャーナル(終刊)

朝日ジャーナル(終刊) 1989年8月11日号

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