書評

『武満徹 音・ことば・イメージ』(青土社)

  • 2022/06/05
武満徹 音・ことば・イメージ / 小沼 純一
武満徹 音・ことば・イメージ
  • 著者:小沼 純一
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(227ページ)
  • 発売日:1999-02-01
  • ISBN-10:4791757009
  • ISBN-13:978-4791757008
内容紹介:
武満にとって音楽とは、響きをつむぎ、自然と交感する歓びを私たちひとりひとりと分かち合ういとなみに他ならなかった。水、鏡、夢、庭など、武満を象徴するテーマを読みとき音楽を通して音楽を超える宇宙を召喚したたぐいまれな感性の内奥に迫る。
この本の著者は少しも身構えず、気取らず、武満徹という稀有の才能を巡って観察されたことを平易に語る。そのなかから浮び上ってくるのは、この国の社会と文化芸術との奇妙な関係である。

それはどんな歴史的情況のなかで形成されたのか。そしてどんな構造が、今日における文化と芸術の頽廃・創造力の枯渇に作用し続けているのだろうか。この本のはじめに「(武満は―註筆者)通常のアカデミックな音楽教育を受けなかったがゆえに、自らの音の、自らの音楽のイメージを見いだすことに専念することができたのである」

という指摘がある。

これは重要な問題提起である。それなら、わが国における音楽教育は「自らの音」を消す方向で行われているのだろうか。

たしかに、我々が受けた音楽教育は、日常生活とは離れた場所で、むしろその否定の上に〝西洋音楽〟を知識として教えるという性格を持っていた。さいわい武満は、そうした牢獄には一度も入らなかった。そのために、世に出る機会は与えられなかったのだが、もしストラビンスキーが我国を訪れ、NHKが事務的なミスで武満の作品を彼に聞かせてしまうということがなかったら、彼はついに無名のまま終ったかもしれないのだ。

私たちはこの偶然に感謝するが、それだけで事を済ませていいとは思えない。

この本は静かに、そうした問題提起をしているのである。

と同時にこの本は、武満徹が持っていた人間的な魅力によって、また彼の才能をごく自然に認めた、嫉妬深くない秀れた友人たちによって、その創造性がどのように花を咲かせていったのかについても語っている。

一方、武満自身は、優秀なコラボレーターでありプロデューサーでもあった。二十年以上続いた〝今日の音楽〝八ヶ岳音楽祭〟などは武満という存在があってはじめて可能になった。我国を代表する現代音楽の祭典であった。また数々の映画音楽の傑作は、彼がコラボベレーターとして卓抜な能力を持っていたことを示してもいる。

武満がこうした力を発揮し得たのは、彼に差別意識・通俗的な権威主義がなかったからである。彼の音楽観のなかに、純音楽・ポピュラー音楽・クラシックなどの分類は存在しなかった。彼の映画作品に対する姿勢にも私たちはその一端をうかがうことができよう。

「私にとって、映画は夢の引用であり―」

と語っている。彼は年に三百本を超す映画を見て、そこから夢を紡いだのである。

映画に対してそうであったように、彼は数多くの演奏家とも音を分有した。彼の数々の作品が、「その人のために書く」という動機によって成立していることは注目に価する。

私が最初に、そうした性格を持った作品に接したのは、早坂文雄の死に触発されて書かれた『弦楽のためのレクイエム』であったろうか。彼の唯一の小説「骨月(ホネ・ムーン)」は、密月旅行をもじった悪戯っぽい題名を冠しているが、この作品そのものは、彼が「実験工房」時代に瀧口修造から受けたものへの文学への反映ということができるように思う。そうした意味で武満は、他の芸術分野への垣根というようなものはない、自由人であり、この本はそうした現実の武満徹の姿を流れるように語っているのである。
武満徹 音・ことば・イメージ / 小沼 純一
武満徹 音・ことば・イメージ
  • 著者:小沼 純一
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(227ページ)
  • 発売日:1999-02-01
  • ISBN-10:4791757009
  • ISBN-13:978-4791757008
内容紹介:
武満にとって音楽とは、響きをつむぎ、自然と交感する歓びを私たちひとりひとりと分かち合ういとなみに他ならなかった。水、鏡、夢、庭など、武満を象徴するテーマを読みとき音楽を通して音楽を超える宇宙を召喚したたぐいまれな感性の内奥に迫る。

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初出メディア

週刊読書人

週刊読書人 1999年4月9日

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