自著解説

『東アジアのなかの満鉄―鉄道帝国のフロンティア―』(名古屋大学出版会)

  • 2021/03/02
東アジアのなかの満鉄―鉄道帝国のフロンティア― / 林 采成
東アジアのなかの満鉄―鉄道帝国のフロンティア―
  • 著者:林 采成
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(638ページ)
  • 発売日:2021-01-20
  • ISBN-10:4815810133
  • ISBN-13:978-4815810139
内容紹介:
帝国拡大の原動力となり、世界でも最高水準を誇った満鉄の鉄道技術はいかにして伝播していったのか。見過ごされてきた本業・鉄道業の姿をはじめて解明、その経済的・技術的インパクトを数量的に位置づけるとともに、東アジア鉄道システムの形成から、戦後再編の新たな全体像を描き出す。
世界でも最高水準の鉄道技術を誇った満鉄。その鉄道業の全貌を詳細に描き出した力作『東アジアのなかの満鉄』が刊行されました。今回は著者・林先生による書き下ろしの自著解説を特別公開いたします。

戦前日本は鉄道帝国だった? 満鉄の歴史を読み直す

拙著『東アジアのなかの満鉄――鉄道帝国のフロンティア』がこのほど出版され、著者としては嬉しい限りであるが、読んでくださった方々からしばしば頂戴するのが、「迫力」という言葉である。もちろんこれは、編集者が選んだカバー図版で、田中靖望氏の「機関車」というあじあ号の力強い写真にもよるところがあるとはいえ、内容的には、これまで考えられてこなかった東アジアという枠組みから、戦前~戦後にかけての満鉄の復元を試みたからであろう。

戦前日本は鉄道帝国であった

戦前日本は日清戦争をきっかけに中国から台湾を獲得・領有して帝国となり、日露戦争を契機に朝鮮半島、南満洲、南樺太への影響力を拡大した。それにともない、いち早く鉄道建設にとりかかり、現地の総督府のもとで台湾国有鉄道、朝鮮国有鉄道、樺太国有鉄道を運営した。さらに中東鉄道の南部線を占領し、ロシア帝国の利権から分離して満鉄の設立をみたことで、日本列島から朝鮮半島を経て中国大陸にいたる鉄道ネットワークを構築し、それを基盤として統治・支配を行い、これらの地域から帝国の運営に必要な物資を調達し、さらに開発を進めていくようになる。その後のさらなる戦争により、総力戦となった日中戦争や太平洋戦争をつうじて日本勢力下の鉄道ネットワークは中国全域にまで広がり、ついには南方にまで渡っていった。

このように、戦前日本はまさに戦争とともに鉄道ネットワークの拡大を図りながら、自らの勢力圏を広げていった鉄道帝国であったといえよう。なかでも満鉄は、中国東北部にあって日本帝国が中国大陸へ進出する足場となっており、満鉄自らもそれを意図的に遂行するなど、帝国的膨張を支える鉄道帝国のフロンティアだったのである。

なぜ鉄道業としての満鉄研究が必要なのか

筆者は鉄道をライフワークとしているが、朝鮮国有鉄道(『戦時経済と鉄道運営』東京大学出版会、2005年)と華北交通(『華北交通の日中戦争史』日本経済評論社、2016年)を分析したあと、ようやく朝鮮鉄道と華北交通を繋ぐ存在であった満鉄の歴史研究に取り組むべく、まずは残された資料へのアクセスをもとめて、中国東北部各地の档案館(公文書館)を2014年の夏に訪れた。

当時、中国の近隣諸国との関係はなお協調的であったにもかかわらず、すでに現地の研究環境は厳しくなっており、遼寧、吉林、黒竜江のどこにいっても、外国から訪問する研究者は「敏感」な対象と認識とされるようになっていた。「偽満時代」、なかでも満鉄史料へのアクセスは容易に許されず、筆者はそれまでとは異なる対応に戸惑っていた。現地調査のはずが、偽満皇宮を覗いたりスターリン広場を歩いたりする観光に終わりかねない状況の中、開示されない原資料の復刻版資料を閲覧しようと考え、ハルビン市図書館を訪れることにした。しかし、長大な書架のなかを繰り返し探しまわってみても、満鉄関連資料を見つけることができず、やむなくスタッフに尋ねてみたところ、年配の司書に、それは交通セクションではなく政治セクションにある、そんなことも知らないのか、と戒められてしまった。

植民地機構としての満鉄のこのような「分類」は、中国側にとっては正当なものではあるが、その政治性の過大評価は、合理的主体として鉄道業を営んだ満鉄の特徴をとらえがたくする恐れがある。もちろん、満鉄は鉄道業だけにとどまらず、さまざまな領域で多角的経営を成し遂げており、さらに国際政治や軍事にも深くかかわったため、それに応じて多面的な姿で描かれがちであるのは理由のないことではない。しかし、それほど儲かったわけでもない多様な活動がなぜ可能であったのかを、本業たる鉄道業に戻って穿鑿する必要があると思う。そして、その本業たる鉄道業の解明こそが、意外にも満鉄研究において、非常に手薄なままだったのである。

そこで筆者は、技術・労働・拡張・戦後再編という4つの観点から、本書をつうじて、満鉄の「作る鉄道」・「働く鉄道」・「繋がる鉄道」・「残る鉄道」としての、複眼的な歴史像をクローズアップしようとした。

「作る鉄道」としての満鉄

鉄道は機械、金属、土木、経済、統計などといった近代科学知識の粋を集めた産物であり、こうした技術を習得するのは、当時としては容易ではなかった。

そのため、満鉄の設立に際しては日本内地だけでなく、主にアメリカから技術体系を導入してそれを吸収し、さらに満鉄ならではの技術を生み出していった。それがいわゆる「満鉄型」とよばれるものであって、これにより世界水準に到達した満鉄は、車両運営をはじめとする鉄道運営においても、帝国圏鉄道のなかでももっとも高い効率性を実現し、くわえてもっとも優れた収益性をも確立した。これがあったからこそ、あじあ号という斬新でモダンなスタイルの特急列車を運行できたのであり、またあまり大した収入源にならなかった多様な事業の展開も可能となった。この技術・運営ノウハウは、満鉄会社の鉄道線から、全満洲鉄道へと伝播され、さらに山海関以西の中国大陸にも広がったのである。

「働く鉄道」としての満鉄

鉄道は、労働現場としての観点からみると、運転、営業、保線、土木、工場などの多様な業務に支えられて成り立っており、それゆえ、各部署に多くの鉄道員が配置されなければならない。たとえば、その人数は1945年前半に日本国鉄45万人、台湾国鉄1万9千人、朝鮮国鉄10万7千人、満鉄40万人、華北交通17万5千人にも達した。

なかでも、満鉄のマンパワーはもっとも複雑な民族構成からなっていた。すなわち、台湾や朝鮮のように、日本人とともに働く現地住民が民族別に単一化されえず、漢族系、ロシア系、朝鮮系、モンゴル系、満族系からなっていた。このように多様な業務・身分・民族に分かれている人々をもって有機的反応を引き起こすべく、「満鉄大家族主義」が導入され、年功的性格をもつ賃金が先駆的に導入されるとともに、さまざまな福利厚生としても具体化されるようになった。また、戦時下には「社員会」を通じてイデオロギー的にも構成員を束ねていくようになる。もちろん、そこに経済的不平等がなかったわけではないものの、生活保障を志向する人的管理が形作られていった。

「繋がる鉄道」としての満鉄

鉄道は2本のレールからなる鉄の道として、地域を超えて広がり、さらに国境をまたいで、より広い世界と接続されている。第一次世界大戦中、満鉄は大勢の社員をその拠点たる遼東半島から、ドイツ帝国の植民地鉄道であった山東半島の山東鉄道に派遣し、マンパワーの核心を占めるようになった。満洲事変に際しては全満洲の占領鉄道に進出し、さらに朝鮮半島の北鮮鉄道をも委託経営した。こうして、全満洲鉄道および北鮮鉄道を一元化し、満鉄はもはや自社鉄道線の範囲を超えて、人流・物流の両面で、満洲国を日本帝国により強固に組み込んだのである。

日中戦争の勃発後、姉妹会社として華北交通が設立されると、中国の鉄道システムも満鉄型へと統合されていく。太平洋戦争が勃発すると、船舶の喪失により、大陸重要物資が中国大陸から朝鮮半島を経由して鉄道で日本へと運ばれるようになった。満鉄は大陸鉄道輸送の要をにない、朝鮮、華北、華中の鉄道、さらに日本国鉄とともに、それまでになく、かつ以後にもみられない空前の、東アジア規模での計画輸送を試みたのである。

「残る鉄道」としての満鉄

満洲の広大な大地を鉄馬として疾走し、数十万人の人びとを雇用した鉄道は、日本の敗戦とともに消えていったというより、形を変えながら存在し続ける。満鉄はソ連の対日参戦によってソ連軍、国民政府、中国共産党という3つの勢力によって接収され、戦後中国鉄道の技術的前提となった。1945年8月15日の時点で、全中国鉄道の6割以上が、産業施設とともに中国東北部に集中しており、その地域がいちはやくソ連によって占領されたことは、極めて重い歴史的事実であった。中国共産党がこれをめざして全党をあげた移動をおこない、革命の本拠地を構築して内戦で勝利した経緯をみると、毛沢東には先見の明があったと言わざるを得ない。

とはいえ、中国人側の技術的蓄積は充分とはいえず、満鉄社員の留用やソ連技術者の助力は必須であった。満鉄の植民地的雇用構造により、中国人技術者が育っていなかったことは、戦後中国鉄道にとってのアキレス腱であったともいえよう。この状況を受け、旧満鉄にかわって成立した中国長春鉄道に対する集団的学習が、ソ連の支援下で意図的・集中的に行われたのである。これにより、旧満鉄のDNAが、新中国鉄道にも受け継がれたといえる。


以上のような満鉄の展開が、中国にとって侵奪の歴史であったことはいうまでもない。しかし一方でそれが意図せざる歴史的結果をもたらしたことも、否応なく認めざるをえない。新中国鉄道は、朝鮮戦争中には北朝鮮の戦時体制を支えて、今日に繋がる東アジアにおける冷戦構造の膠着化にも寄与し、また独自の技術体系の構築にむけて歩み始めた。ところが、社会主義下、西側の技術から遮断され、中ソ対立も激化して技術停滞を余儀なくされると、先進国との技術格差を縮めるのは困難となる。その改善は、改革開放を待たなければならなかった。東アジアは、日本、台湾、韓国、中国のいずれもが、「世界の工場」になっているが、同時に高速鉄道の世界最大の密集地となり、今日の鉄道技術の粋を示すに至っていることは、本書が示した歴史的経緯からみて、注目に値するものであろう。

[書き手]林采成(立教大学経済学部)
東アジアのなかの満鉄―鉄道帝国のフロンティア― / 林 采成
東アジアのなかの満鉄―鉄道帝国のフロンティア―
  • 著者:林 采成
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(638ページ)
  • 発売日:2021-01-20
  • ISBN-10:4815810133
  • ISBN-13:978-4815810139
内容紹介:
帝国拡大の原動力となり、世界でも最高水準を誇った満鉄の鉄道技術はいかにして伝播していったのか。見過ごされてきた本業・鉄道業の姿をはじめて解明、その経済的・技術的インパクトを数量的に位置づけるとともに、東アジア鉄道システムの形成から、戦後再編の新たな全体像を描き出す。

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ALL REVIEWS 2021年3月2日

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