書評

『コーネル・ウールリッチの生涯』(早川書房)

  • 2023/12/17
コーネル・ウールリッチの生涯 / F・M・ネヴィンズ・Jr
コーネル・ウールリッチの生涯
  • 著者:F・M・ネヴィンズ・Jr
  • 翻訳:門野 集
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(483ページ)
  • 発売日:2005-06-23
  • ISBN-10:4152086459
  • ISBN-13:978-4152086457
内容紹介:
1903年、結婚生活の破綻した両親から生まれたウールリッチは、幼少期を父と革命期のメキシコで過ごし、10代のときにニューヨークに戻り、コロンビア大学在学中にF・スコット・フィッツジェラル… もっと読む
1903年、結婚生活の破綻した両親から生まれたウールリッチは、幼少期を父と革命期のメキシコで過ごし、10代のときにニューヨークに戻り、コロンビア大学在学中にF・スコット・フィッツジェラルドと比較される数冊の純文学を出版した。1930年代からパルプ・マガジンに数多の短篇ミステリを発表し、40年代からは長篇ミステリに進出し、アメリカのサスペンス小説の第一人者として見なされるようになった。MWA最優秀評論・評伝賞受賞作。

謎多き作家の作品分析 隅から隅まで

江戸川乱歩の随筆を好む人ならば、乱歩がどれほどウールリッチ=アイリッシュの『幻の女』に惚(ほ)れこんでいたかご存じだろう。私も乱歩の激賞に煽(あお)られて読み、失望した。幻の女の消失トリックのちゃちさに呆(あき)れたのだ。まだ中学生、なんにも分かっちゃいなかったのである。

ウールリッチの小説は謎解きとしては欠点だらけだ。その欠点を補って余りあるのが、ぞくぞくするほどロマンティックで誘惑的な文体であり、運命の前ではすべての人間がひとしく挫折するという、彼の小説すべてを包みこむペシミズム哲学の暗闇のような深さである。

こんなに甘くて苦い小説ばかり書いた人間はどんな生涯を送ったのか? 上下二巻、千ページ近い本書を書きあげた著者(そして、細心の注意を払って日本語に移し、原書以上のデータを充実させた訳者)の情熱もそこから発している。

だが、この本を通読しても、ウールリッチの生涯について知りうることはそう多くない。二十冊ほどの長編小説と二百以上の短編を残したが、人生の大半を母親と二人きりでニューヨークの安ホテルにこもって過ごし、享年六十四の葬儀には五人しか参列者がなかった。

それでも著者は存命の関係者に話を聞き、あらゆる資料を博捜する。その結果、ウールリッチの最初の結婚の失敗と、彼のスーツケースに入っていた水兵服の関係など、なまじなミステリーよりはるかに面白い秘密が暴露されたりもする。

また、ウールリッチをハメットと並んで古典的ミステリーの世界観を破壊した重要作家と見なすなど、推理小説史論としても本質的な問題を提起している。

だが、本書の大部分をしめるのは、彼の全作品(!)の紹介と分析である。ウールリッチの小説を隅から隅まで何度も読み返した者にしか書けない巧みなプロット紹介で、私も本書を読みながら、忘れていた短編が記憶の奥からよみがえってくる興奮を幾度となく味わった。

著者はいう。ウールリッチの世界について書くことは、いつのまにか彼の人間を書くことになる、と。その確信の正しさを証明した真摯(しんし)な好著である。
コーネル・ウールリッチの生涯 / F・M・ネヴィンズ・Jr
コーネル・ウールリッチの生涯
  • 著者:F・M・ネヴィンズ・Jr
  • 翻訳:門野 集
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(483ページ)
  • 発売日:2005-06-23
  • ISBN-10:4152086459
  • ISBN-13:978-4152086457
内容紹介:
1903年、結婚生活の破綻した両親から生まれたウールリッチは、幼少期を父と革命期のメキシコで過ごし、10代のときにニューヨークに戻り、コロンビア大学在学中にF・スコット・フィッツジェラル… もっと読む
1903年、結婚生活の破綻した両親から生まれたウールリッチは、幼少期を父と革命期のメキシコで過ごし、10代のときにニューヨークに戻り、コロンビア大学在学中にF・スコット・フィッツジェラルドと比較される数冊の純文学を出版した。1930年代からパルプ・マガジンに数多の短篇ミステリを発表し、40年代からは長篇ミステリに進出し、アメリカのサスペンス小説の第一人者として見なされるようになった。MWA最優秀評論・評伝賞受賞作。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2005年8月28日

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