書評
『THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ』(角川書店)
苦い味わいが示すハードボイルドの今
かつてハードボイルド小説は、卑しい街をゆく憂い顔の騎士の流浪の詩だった。それがいまや卑しい街をさまよう卑しい魂の絶望の物語になっている。チェイスやスピレインや大藪春彦の暴力小説はまだ大人のお伽(とぎ)話だった。だが、トンプスンとエルロイを通過したハードボイルドやノワールと呼ばれる現代小説は、身も蓋(ふた)もない地獄絵を描きだす。そんな趨勢(すうせい)に世界でただひとり突っぱっているハードボイルド作家が矢作俊彦である。とはいえ、その思いきりカッコつけた抵抗はパロディーとすれすれの試みでもある。憂い顔の騎士が近代では発狂したように、ヨコハマをさすらう孤高の刑事も、ポストモダンの現代にあっては単なる時代遅れの変わり者と見なされるのが落ちだからだ。表題にそのパロディー性がはっきりと表れている。これはむろんチャンドラーの傑作『長いお別れ』のもじりだが、本作の「ロング」は「長い」ではなく、「間違っている」ほうなのである。
じっさい、物語も、冒頭と結末の一行も、『長いお別れ』とそっくりだ。
主人公である神奈川県警の刑事・二村(ふたむら)は、酔っぱらいの日系米兵・ビリーと酒を一緒に飲む友人になる。ある夜、ビリーは二村の家に来て、横田基地まで自分と大きな荷物を運んでほしいと依頼する。ビリーは横田から小型ジェットで飛びたち、あとにはトランクにつめこまれた女の死体が残される。帰ってから二村と酒を飲もうと約束したビリーは、二度と戻ってこなかった……。
さらにいくつかの死体と失踪(しっそう)者が現れ、すべての出来事が精妙なプロットでつながれ、謎は解ける。ミステリーのお約束である。だが、この小説が凡百のハードボイルド小説と異なっているのは、軽妙な外見の下の苦い味わい、現代においてハードボイルドは挽歌(ばんか)としてしか成立しないという、歴史的にきわめて正確な、深い諦念(ていねん)ゆえなのである。
さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ
現代にさよならをいう矢作俊彦の美しい小説には、このチャンドラーの名せりふこそがふさわしい。
朝日新聞 2004年10月17日
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