書評

『創造論者vs.無神論者 宗教と科学の百年戦争』(講談社)

  • 2023/12/12
創造論者vs.無神論者 宗教と科学の百年戦争 / 岡本 亮輔
創造論者vs.無神論者 宗教と科学の百年戦争
  • 著者:岡本 亮輔
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2023-09-11
  • ISBN-10:4065332478
  • ISBN-13:978-4065332474
内容紹介:
宗教と科学の長い戦争、なかでも、それぞれの陣営の最も過激な人々である創造論者と無神論者の戦いは、21世紀に入ってますます過熱している。それは、抽象的・理論的な戦いではなく、教育・医… もっと読む
宗教と科学の長い戦争、なかでも、それぞれの陣営の最も過激な人々である創造論者と無神論者の戦いは、21世紀に入ってますます過熱している。それは、抽象的・理論的な戦いではなく、教育・医療・福祉・行政といった現実をめぐる戦いでもある。本書は、おもに欧米で激しく展開する両者の戦いに密着し、信念をぶつけ合う人間たちのドラマを描き出す。
サッカーの神様・マラドーナを祀る「マラドーナ教会」、『スター・ウォーズ』に感化され、宇宙の平和と正義のために戦う「ジェダイ教」、「空飛ぶスパゲッティ・モンスター」なる異様な創造主を崇める「スパモン教」。乱立するこうした「パロディ宗教」は、近年台頭する創造論への反抗であり、「そもそも宗教とは何か」という根本的な問いかけである。
100年前のテネシー州で、進化論教育の是非をネタに企画された「町おこしのための茶番」が、文字通りの死闘となった「猿裁判」。2005年のカンザス州で開かれた公聴会では、20名以上の科学者・知識人が進化論を否定し、公教育に創造論を組み込むように訴える。そして、「穏健な信仰者」も敵とみなす「新無神論者」の登場で戦場は拡大し、戦いは激化する。
ヒトゲノム解読に成功したコリンズ博士の信仰と友情、新無神論を代表するドーキンスが到達した意外な宗教観、さらに、これから展開する戦いの見通しは――。

目次
序章 本書を導く十の信念
第1章 パロディ宗教の時代――銀河の騎士とモンスターの逆襲
第2章 猿の町のエキシビションマッチ
第3章 ポケモン・タウンの科学者たち
第4章 四人の騎士――反撃の新無神論者
第5章 すべてがFになる
終章 宗教と科学の次の百年

スコープス裁判から解き明かす対立

ややセンセーショナルな姿勢が目立つが、読んで中々面白い本である。出発点は、ダーウィンの進化論と、キリスト教の、というよりは本来ユダヤ教の中心的教義である「神による世界創造」との軋轢(あつれき)である。通常スコープス裁判と呼ばれ、高校の教師スコープスがダーウィニズムを教室で教えたことで、告発され、裁判にかかった事件が、アメリカにおけるこの問題の象徴のように扱われてきた。一九二五年、テネシー州デイトンという田舎町の出来事だった。本書では、この事件は、そもそも町の知名度を上げようとする有力者たちが、スコープスという新米教師を利用して一芝居打ったものだ、と解説されているが、もともとイギリスでダーウィンが『種の起源』を発表した時に、国教会の大司教だったサミュエル・ウィルバーフォースらが、宗教の立場から強力な反対の論陣を張ったときから、進化論と創造説を戴(いただ)くキリスト教との摩擦は、必然だったと言ってよい。ダーウィン自身『種の起源』第四章で「各々の種が独立に創造されたとする見解によって」は、説明のできない世界として自然選択を説いている。

本書では、第二章で、この事件が詳細に扱われるが、描写は細密を極め、恰(あたか)も実見に基づくドキュメントのような印象を与える。その筆致には感服する。ただ八十三ページ「教皇の陥落」という見出しは内容と照らしていささか不可解、と記しておく。

科学的な知識と、旧・新約聖書に記された字句とが、しばしば抵触するとされるが、ここでの論点は、本書で詳述されているようにきわめて本質的な性格のもので、妥協点が見出し難い。それゆえ、特にキリスト教原理主義の強いアメリカ南西部諸州では、今日まで、様々な形で尾を引いてきた。本書第三章、第四章では、その状況が浮き彫りにされる。終章で有名な生物学者スティーヴン・グールドの<NOMA>、つまり「相互に重ならない領域での権威」を認めよう、という一種の妥協案的な提案にも言及されるが、創造説の変形として生まれた<ID>即ち「インテリジェント・デザイン」論は、この宇宙の構成は、何らかの知的デザイナーの存在なしには理解できないことを示唆する、として、間接的に創造論を支えることになる。第四章では、この主題が丹念に追求されている。実際、純粋に宇宙物理学の領域で、ロバート・ディッケに代表される「人間原理」という理論があって、表面的には一見<ID>に重なると思われる主張もあり、事態は複雑だ。

本書は、現代社会における「宗教的」な現象、例えばアルゼンチンにおける「マラドーナ教会」などにも言及しながら、一体我々は、宗教という、日本人にとって、聊(いささ)か深入りし難い世界を、今後どう考えていけばよいのか、という問題を読者に突きつける。そういえば、我々は家康が神になったとして東照宮を造り、誰もが手を合わせるのだから、マラドーナ教会もさして不思議ではないかもしれない。一言付言すると、ローマ教会は一九九六年当時の教皇ヨハネ・パウロⅡ世の「教書」のなかで、はっきりと進化論の基礎を承認し、ただし、生物学的人間に神は「魂」を与えた、とする見解を披露している。
創造論者vs.無神論者 宗教と科学の百年戦争 / 岡本 亮輔
創造論者vs.無神論者 宗教と科学の百年戦争
  • 著者:岡本 亮輔
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2023-09-11
  • ISBN-10:4065332478
  • ISBN-13:978-4065332474
内容紹介:
宗教と科学の長い戦争、なかでも、それぞれの陣営の最も過激な人々である創造論者と無神論者の戦いは、21世紀に入ってますます過熱している。それは、抽象的・理論的な戦いではなく、教育・医… もっと読む
宗教と科学の長い戦争、なかでも、それぞれの陣営の最も過激な人々である創造論者と無神論者の戦いは、21世紀に入ってますます過熱している。それは、抽象的・理論的な戦いではなく、教育・医療・福祉・行政といった現実をめぐる戦いでもある。本書は、おもに欧米で激しく展開する両者の戦いに密着し、信念をぶつけ合う人間たちのドラマを描き出す。
サッカーの神様・マラドーナを祀る「マラドーナ教会」、『スター・ウォーズ』に感化され、宇宙の平和と正義のために戦う「ジェダイ教」、「空飛ぶスパゲッティ・モンスター」なる異様な創造主を崇める「スパモン教」。乱立するこうした「パロディ宗教」は、近年台頭する創造論への反抗であり、「そもそも宗教とは何か」という根本的な問いかけである。
100年前のテネシー州で、進化論教育の是非をネタに企画された「町おこしのための茶番」が、文字通りの死闘となった「猿裁判」。2005年のカンザス州で開かれた公聴会では、20名以上の科学者・知識人が進化論を否定し、公教育に創造論を組み込むように訴える。そして、「穏健な信仰者」も敵とみなす「新無神論者」の登場で戦場は拡大し、戦いは激化する。
ヒトゲノム解読に成功したコリンズ博士の信仰と友情、新無神論を代表するドーキンスが到達した意外な宗教観、さらに、これから展開する戦いの見通しは――。

目次
序章 本書を導く十の信念
第1章 パロディ宗教の時代――銀河の騎士とモンスターの逆襲
第2章 猿の町のエキシビションマッチ
第3章 ポケモン・タウンの科学者たち
第4章 四人の騎士――反撃の新無神論者
第5章 すべてがFになる
終章 宗教と科学の次の百年

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年10月21日

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