書評

『千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝』(KADOKAWA)

  • 2024/01/20
千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝 / 艾未未
千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝
  • 著者:艾未未
  • 翻訳:佐々木 紀子
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2022-12-01
  • ISBN-10:4041119634
  • ISBN-13:978-4041119631
内容紹介:
父は詩人だった。中華人民共和国の設立に関わった芸術家だったが、私が十歳の時、文化大革命により父は追放された。家族は屈辱にまみれた極貧生活を余儀なくされた。父の名誉が回復されるには… もっと読む
父は詩人だった。中華人民共和国の設立に関わった芸術家だったが、私が十歳の時、文化大革命により父は追放された。家族は屈辱にまみれた極貧生活を余儀なくされた。父の名誉が回復されるには十二年の歳月が必要だった。砂漠地帯から戻り、北京電影学院の学生となった私は、当局との攻防に嫌気がさし、それまで国交を絶っていたアメリカに留学する千載一遇のチャンスを捉え、ニューヨークに移り住んだ。美大に通い自由を満喫した私だったが、北京に戻り活動を始めると、再び公安局員が訪れるようになった。スイスの建築家と北京五輪スタジアム「鳥の巣」を手掛け、ネットで積極的に発信するようになると、公権力の介入は激しくなり、ついに私は投獄されてしまう--。権力の弾圧を受ける詩人の父、美術家の息子。闘う二人の芸術家を通し、激変する中国の現代史を描いた、感動の自伝。

奪わせてはならない記憶、父子の闘い

北京オリンピックのスタジアム「鳥の巣」の建築を手がけたことで知られる艾未未(アイウェイウェイ)は、躊躇なく体制批判を繰り広げる社会活動家でもあり、中華人民共和国政府にとっては危険人物である。

2011年4月、北京空港で突然拘束される。目隠しされたまま収容施設に連行され、家族にも弁護士にも連絡できないまま、「監視居住」が始まった。自伝であるとともに、彼の父の伝記でもある本書は、艾未未がこの「ブラックホールに吸い込まれていた」期間に構想された。

父・艾青は高名な詩人で、国民党政府に共産主義者であるという理由で投獄され、文化大革命期には右派知識人として「労働改造」のために下放された人物だった。表現者となった父と息子は、奇しくもよく似た人生の軌跡をたどることになった。

いつ終わるとも知れない拘束と監視と尋問の日々の中で、父を思うことは艾未未を支えただろう。艾未未にも幼い息子の艾老がいる。「子どもは追放された人間の究極の希望」と書く彼は、父にとって息子・未未が何者だったか知ったに違いない。

冒頭、父が下放された「小シベリア」での日々が思い起こされるのは、そこが父と息子の苦難の歴史の結節点であるからだ。

文化大革命のさなか、艾青は極寒の地へ送られる。母はまだ幼い弟と北京に移住を決め、艾青は妻の連れ子の高剣と未未を連れて奥地へと向かった。人の便が地面から生えたつららのように凍る土地で、毎日、屋外共同便所の掃除をして汗だくになって帰宅する父。その父が時折、なにかに憑(つ)かれたように語る「記憶」が、本書の原点にある。

ページをめくっても、めくっても、苛酷な弾圧の歴史が続く本書の記述は、しかし、どこか奇跡的に温かい。「小シベリア」の生活に突然光が射す瞬間。北京から、母と弟の艾丹がやってきて、生活に加わる。「穴倉の家には笑い声が上がり、温かく、父も私も孤独や不機嫌さを感じなくなった」。追放や隔離のもっとも残酷な面は、人からその人間性を奪うことなのだと思う。

「監視居住」は81日間に及んだ。その間、艾未未の観察が、若い衛兵たちの姿に及ぶのにも心動かされる。独裁国家の歯車である彼らの時間は、毎日をただただ「犯罪者」である芸術家を監視するだけに費やされる。その理不尽を、艾未未は思いやる。

父・艾青の人生は苛酷だ。浙江省にある小さな村の地主の息子として生まれ、若い時にパリ留学を果たすが、彼が不在だった間に、祖国中国は激変していた。

艾青は帰国した年に、国民党政権下で逮捕され、獄中で3年余りを過ごす。それから先は、抗日戦争の時代だ。日本の占領で家を失い、職と住居を求めて転々とする。国民党政権への失望から、共産党の本拠地・延安に向かうが、そこで求められたのは自由な表現ではなく「文芸労働者」となることだった。1945年に正式に共産党員となり、新中国の国旗のデザインを作る委員会の議長まで務めるのだが、その後も知識人・芸術家たちは、絶え間ない嵐の中を生きる。「文化大革命」では「五十五万人もの知識人が『労働による改造』の対象」となり、「二十年たってやっと『名誉回復』されたとき、生き残っていたのはわずか十万人だった」という。

文革時代を、父・艾青とともに「小シベリア」で過ごした艾未未は、80年代にニューヨークへ向かう。父が30年代のパリを見たように、最先端のアートと自由を吸収した艾未未は、アーティストとしての才能を開花させる。そして89年6月に、母国の政府が天安門広場の学生たちに戦車を向けるのを、CNNにくぎ付けになって見ることになった。

90年代に帰国し、天安門広場に中指を突き立てる写真を撮ったり、「FUCK OFF」(非協力的な態度)と名づけた展覧会を開いたり、挑発的ともいえる作品を発表する。建築家として名を成し、時代の寵児となっていく一方で、常に彼の心をとらえるのは、独裁国家の犠牲になる声なき人々だ。めざましい経済発展を遂げる背後で、SARS、四川大地震といった災害が牙を剥くが、政府は多くの人を救うことよりも、事実の隠蔽や忘却に熱心だった。艾未未はインターネットのブログや、ビデオカメラを駆使して闘う。

「記憶」という言葉が心に残る。「国家とは人から記憶を吸い取って漂白してしまう機械」だと彼は書く。

「歴史や記憶をごまかそうとする独裁政治」に抗って、わたしたちは「記憶」しなければならないのだ、と。

艾未未の芸術は記憶であり、そのための詳細な記録であり、記述であり、表現だ。

それがいかに大切なものか、奪われてはならないものかということが、この一冊に詰まっている。

これは、隣の国の同時代の記録だけれども、記憶と歴史と表現を奪わせないために、わたしたちがするべきことについての本である。
千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝 / 艾未未
千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝
  • 著者:艾未未
  • 翻訳:佐々木 紀子
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2022-12-01
  • ISBN-10:4041119634
  • ISBN-13:978-4041119631
内容紹介:
父は詩人だった。中華人民共和国の設立に関わった芸術家だったが、私が十歳の時、文化大革命により父は追放された。家族は屈辱にまみれた極貧生活を余儀なくされた。父の名誉が回復されるには… もっと読む
父は詩人だった。中華人民共和国の設立に関わった芸術家だったが、私が十歳の時、文化大革命により父は追放された。家族は屈辱にまみれた極貧生活を余儀なくされた。父の名誉が回復されるには十二年の歳月が必要だった。砂漠地帯から戻り、北京電影学院の学生となった私は、当局との攻防に嫌気がさし、それまで国交を絶っていたアメリカに留学する千載一遇のチャンスを捉え、ニューヨークに移り住んだ。美大に通い自由を満喫した私だったが、北京に戻り活動を始めると、再び公安局員が訪れるようになった。スイスの建築家と北京五輪スタジアム「鳥の巣」を手掛け、ネットで積極的に発信するようになると、公権力の介入は激しくなり、ついに私は投獄されてしまう--。権力の弾圧を受ける詩人の父、美術家の息子。闘う二人の芸術家を通し、激変する中国の現代史を描いた、感動の自伝。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年1月28日

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