破天荒で蛮勇のふるまいの軌跡
本荘幽蘭(ほんじょうゆうらん)という女性をご存じだろうか。歴史に名前を残す人物ではないものの、いまから百年前なら新聞などをにぎわせて、世間一般にかなり知られていた存在だ。女優の他にも、新聞記者、喫茶店オーナー、活動弁士、講談師、劇団座長、尼僧など数十の職業に就いた経験があり、さらには生涯で五〇人近い夫を持ち、一二〇人以上の男性と関係を持ったという、規格外の女性である。本書『問題の女 本荘幽蘭伝』は、この稀代の傑物が持ち前の動物的な本能を発揮して、明治・大正・昭和の時代を疾走していく、その軌跡を丹念な資料渉猟によって追った力作評伝である。ふつう、人間の一生には、職に就くとか結婚するとかいった、大きなターニングポイントはそう何十回もあるものではない。そして、その転換点のあいだの道のりはたいてい平坦である。しかし、本名を本荘久代といい、明治期に大流行した政治小説『佳人之奇遇』に登場するスペイン人の女志士「幽蘭」から号を取った彼女には、そんな常識は当てはまらない。幽蘭の人生は、無軌道と言ってもいい、無関係な点と点をつなぐジグザグ運動であり、そこに一貫しているのは、自分で道を切り開いていく行動力だけである。
従って、幽蘭の生涯は一言でまとめることができない。本書の序と第一章から第五章までは、節目を表す六十二の短いセクションに分かれていて、そのそれぞれにはタイトルが付いている。「幽蘭、『日本初の婦人記者』となる」「幽蘭、ベルギー人と恋に落ちる」「幽蘭、男たちをちぎっては投げる」「大連に『幽蘭ホテル』開業す」「幽蘭、二十四度目の結婚をなす」「幽蘭、女探偵を志願す」「幽蘭、マレー半島を逍遥す」「幽蘭、映画デビューを果たす」――と、こういくつか拾って並べてみただけでも、まるで新聞か雑誌の連載小説を読んでいるような、幽蘭の人生の破天荒ぶりが想像できるのではないか。
万華鏡を覗いたような本書の背景を形成しているのは、明治から昭和にかけての政治、社会、文化、思想といったさまざまな側面の歴史である。宗教という側面だけを取っても、キリスト教、神道、仏教を幽蘭はやすやすと横断してしまう。そしてその人脈の広がりのせいで、関係を持った多数の男たちばかりではなく、頭山満、折口信夫、出口王仁三郎、宮武外骨といった著名人たちがぞろぞろと登場するのも、たしかに本書を読む楽しみの一つだろう。
しかし、幽蘭ならぬ波瀾に満ちた人生において、女優でもあった幽蘭はただ一人の大スターであり、古い倫理観に束縛された社会も、その中で優遇されていた男たちも、言ってみればすべて取るに足りない脇役だった。いまでは忘れられた人物かもしれないが、本書を読むと、まるで映画を見るように、時代の枠には収まらない一人の女性があざやかに生き返ってくるのである。
幽蘭の生命力に魅せられた著者は、足かけ八年という長い歳月を費やして、あちらこちらに散らばった膨大な資料に目を通し、ジグソーパズルを組み立てるように、幽蘭という怪物とそのまわりに群がった人物たちを再構築した。それはまるで、時代を超えて、幽蘭の魂が乗り移ったような、蛮勇のふるまいだとしか言いようがない。