書評

『冬に子供が生まれる』(小学館)

  • 2024/08/16
冬に子供が生まれる / 佐藤 正午
冬に子供が生まれる
  • 著者:佐藤 正午
  • 出版社:小学館
  • 装丁:単行本(370ページ)
  • 発売日:2024-01-30
  • ISBN-10:4093867070
  • ISBN-13:978-4093867078
内容紹介:
その年の七月、丸田君はスマホに奇妙なメッセージを受け取った。現実に起こりうるはずのない言い掛かりのような予言で、彼にはまったく身におぼえがなかった。送信者名は不明、090から始まる… もっと読む
その年の七月、丸田君はスマホに奇妙なメッセージを受け取った。
現実に起こりうるはずのない言い掛かりのような予言で、彼にはまったく身におぼえがなかった。送信者名は不明、090から始まる電話番号だけが表示されている。
彼が目にしたのはこんな一文だった。

今年の冬、彼女はおまえの子供を産む

これは未来の予言。
起こりうるはずのない未来の予言。
だがこれは、まったく身におぼえのない予言とは言い切れないかもしれない。
これまで三十八年の人生の、どの時代かの場面に、「彼女」と呼ぶにふさわしい人物がいるのかもしれない。
そもそも、だれが何の目的でこの予言めいたメッセージを送ってきたのか。
丸田君は、過去の記憶の断片がむこうから迫ってくるのを感じていた──。

三十年前にかわした密かな約束、
二十年前に山道で起きた事故、
不可解な最期を遂げた旧友……

平凡な人生なんていったいどこにあるんだろう。
『月の満ち欠け』から七年、かつてない感情に心が打ち震える新たな代表作が誕生。読む者の人生までもさらけ出される、究極の直木賞受賞第一作!

記憶さえ不安になるほどの謎

油断のならない小説。読んでも読んでも、なかなか全貌が見えてこない。まるで霧につつまれた山を登っていて、自分の位置がわからないような感じ。そもそも語り手の「私」は何者なのか。ようやく「私」が名乗りを上げるのは小説の真ん中あたり。そこから結末へ近づくに従って、だんだんと霧が晴れ、視界が広がっていく。なんて気持ちがいいんだ。小説を読む快感。

始まりは7月の雨の夜。38歳の丸田優(まるたまさる)にスマホのショートメッセージが届く。「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」と書かれている。奇妙な文章だ。今年の冬というのだから、4か月か5か月後だろう。ならば、すでに「彼女」は妊娠しているはずだ。しかし丸田優は独身であり、身に覚えがない。誤送信なのか、それとも冗談なのか。「彼女」とは誰のことか。まるで丸田優は現代の聖ヨセフではないか。

聖ヨセフには主の使いが夢に現れたが、丸田優はスマホに現れた送信者の番号をタップした。だが、コールし続けても相手は出ない。翌月の中旬、3度目に電話すると、やっと出た相手から、送信者はもうこの世にいないのだと告げられる。あのメッセージはどういう意味なのか。読者は小説の最後までこの謎に引っ張られていくだろう。

小説の軸には4人の少年少女がいる。まず、丸田優と丸田誠一郎(せいいちろう)。姓が同じで顔つきも似ていて、他人はときどき見分けがつかなくなる。そこで転校生の佐渡理(おさむ)が、それぞれをマルユウ、マルセイと名づける。ただし、姓と顔つきは似ていても、性格はずいぶん違う。仲良し3人の男子に、女子の杉森真秀(まほ)が加わる。

男子3人は小学校3年生のときに不思議な体験をした。近くの天神山でUFOを見たのだ。その後、マルユウとマルセイは新聞記者にうながされて現場で取材を受ける。新聞にはふたりの後ろ姿の写真も掲載され、大人たちは――教師たちも含めて――彼らを「UFOの子供たち」と呼ぶ。そこには侮蔑がにじんでいる。杉森真秀も教師からひどくいじめられる。

8年後、高校卒業式後の3月、再び男子3人は新聞記者とともに天神山に向かう。ところが事故が起きる。先導するバイクに乗っていた教師と車を運転していた新聞記者が死に、3人はけがをする。このエピソードに限らず、自動車が効果的に使われている。宇沢弘文の『自動車の社会的費用』も出てくる。

事故はマルユウとマルセイの人生を変えてしまう。マルユウは野球をやめ、マルセイは音楽をやめる。つかめたかもしれない成功は、彼らの手からするりと逃げる。それだけではない。マルユウとマルセイは互いの記憶も人格も入れ替わってしまったよう。マルユウととくに親しかった杉森真秀は、そのことに深く傷つく。そして20年がすぎ、マルセイはマルユウに奇妙なメッセージを残して死んでしまう。マルセイがなぜ死んだのかも、この小説を貫く大きな謎だ。

常識では説明のつかない出来事がいろいろと描かれるから、分類するとファンタジーということになるのかもしれない。でも世界には説明できることよりも、不思議なことのほうが多いのではないだろうか。読んでいるぼくの経験や記憶が確かなものだなんて、けっして言えないだろう。
冬に子供が生まれる / 佐藤 正午
冬に子供が生まれる
  • 著者:佐藤 正午
  • 出版社:小学館
  • 装丁:単行本(370ページ)
  • 発売日:2024-01-30
  • ISBN-10:4093867070
  • ISBN-13:978-4093867078
内容紹介:
その年の七月、丸田君はスマホに奇妙なメッセージを受け取った。現実に起こりうるはずのない言い掛かりのような予言で、彼にはまったく身におぼえがなかった。送信者名は不明、090から始まる… もっと読む
その年の七月、丸田君はスマホに奇妙なメッセージを受け取った。
現実に起こりうるはずのない言い掛かりのような予言で、彼にはまったく身におぼえがなかった。送信者名は不明、090から始まる電話番号だけが表示されている。
彼が目にしたのはこんな一文だった。

今年の冬、彼女はおまえの子供を産む

これは未来の予言。
起こりうるはずのない未来の予言。
だがこれは、まったく身におぼえのない予言とは言い切れないかもしれない。
これまで三十八年の人生の、どの時代かの場面に、「彼女」と呼ぶにふさわしい人物がいるのかもしれない。
そもそも、だれが何の目的でこの予言めいたメッセージを送ってきたのか。
丸田君は、過去の記憶の断片がむこうから迫ってくるのを感じていた──。

三十年前にかわした密かな約束、
二十年前に山道で起きた事故、
不可解な最期を遂げた旧友……

平凡な人生なんていったいどこにあるんだろう。
『月の満ち欠け』から七年、かつてない感情に心が打ち震える新たな代表作が誕生。読む者の人生までもさらけ出される、究極の直木賞受賞第一作!

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年3月9日

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