書評

『房思琪の初恋の楽園』(白水社)

  • 2024/07/07
房思琪の初恋の楽園 / 林 奕含
房思琪の初恋の楽園
  • 著者:林 奕含
  • 翻訳:泉 京鹿
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(324ページ)
  • 発売日:2024-03-02
  • ISBN-10:4560072515
  • ISBN-13:978-4560072516
内容紹介:
今の日本で読まれるべき、台湾の実話にもとづく不滅の傑作「記憶に傷がつくほどの衝撃を受けた」――綿矢りさ「性暴力被害で自分を責めてしまう仕組みを理解できる本」――小川たまか芸能界に… もっと読む
今の日本で読まれるべき、台湾の実話にもとづく不滅の傑作

「記憶に傷がつくほどの衝撃を受けた」――綿矢りさ
「性暴力被害で自分を責めてしまう仕組みを理解できる本」――小川たまか

芸能界における未成年者への性虐待、学習塾や学校の教員など、権力者や教育者による子どもへの性虐待の報道が後を絶たない。本書に綴られているような出来事が次々と明るみになり、大人はどのように子どもを守っていけばいいのか、社会の構造的な問題について、様々なところで議論されている今こそ必読の書としてUブックス版で緊急出版する。
文学好きな房思琪(ファン・スーチー)と劉怡婷は、台湾・高雄の高級マンションに暮らす幼なじみ。美しい房思琪は、13歳のとき、下の階に住む憧れの妻子ある五十代の国語教師に作文を見てあげると誘われ、部屋に行くと強姦される。異常な愛を強いられる関係から抜け出せなくなった房思琪の心身はしだいに壊れていく……。房思琪が記した日記を見つけた劉怡婷は、5年に及ぶ愛と苦しみの日々の全貌を知り、ある決意をする。
解説:小川たまか
性被害を告発した人に対して、「なぜ今ごろになって」「逃げられたのでは」との疑念や仮定をぶつけ、告発を潰そうと試みる人がいる。冷静な指摘だと加担する外野もいる。複数の証言や裁判結果が出ても、「いやでも実は」が残る。いや、残そうとする。「どっちもどっち」を発生させ、うやむやにする。告発した人は、とりわけネット空間で永続的に言葉の暴力を受ける。

『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』(林奕含(リン・イーハン)著、泉京鹿訳・白水Uブックス・1980円)は、著者唯一の小説。「実話をもとにした」と位置づけた作品を2017年2月に刊行、その2ケ月後に自ら命を絶った。

台湾・高雄の高級マンションに住む房思琪が、階下に住む50代の国語教師に作文を教わりに行き、強姦されてしまう。幼馴染みの劉怡婷(リュウ・イーティン)は彼女が残した日記を見つけ、おぞましい経緯を知る。

「文章を書きたいと思う子はみんな、歪んだ恋をすべきかもしれない」、国語教師は自身の一方的な快楽のために、自分の立場を振りかざす。「彼の話から聞き取れるのはいつも言い切りのピリオドであり、ひたすら肯定するだけなのだということに彼女は気づいた」。自分の弱さを打ち明けながら、その弱さに巻き込み、溺れさせるような関係を作り上げようとする。溺れてしまう私が悪い、その道を自ら選んだと思い込ませる強制力が言動を狂わせる。

起きてしまったことへの悔恨が憎悪に変わり、憎悪が相手ではなく自分に向かってしまう。傷つけられた、ではなく、自分の中にすでに刻まれてしまった傷が許せなくなる。抱えきれないものが体の中に蠢(うごめ)いてしまった時、それを言葉にするのは難しい。どうしたって吐き出しきれない葛藤が溜まっていく。

「もし読み終わって、かすかな希望を感じられたら、それはあなたの読み違いだと思うので、もう一度読み直したほうがいいでしょう」

著者が刊行に際してプレスリリースに記した言葉だ。簡単に希望を口にして落ち着かせるのもまた暴力なのだ。
房思琪の初恋の楽園 / 林 奕含
房思琪の初恋の楽園
  • 著者:林 奕含
  • 翻訳:泉 京鹿
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(324ページ)
  • 発売日:2024-03-02
  • ISBN-10:4560072515
  • ISBN-13:978-4560072516
内容紹介:
今の日本で読まれるべき、台湾の実話にもとづく不滅の傑作「記憶に傷がつくほどの衝撃を受けた」――綿矢りさ「性暴力被害で自分を責めてしまう仕組みを理解できる本」――小川たまか芸能界に… もっと読む
今の日本で読まれるべき、台湾の実話にもとづく不滅の傑作

「記憶に傷がつくほどの衝撃を受けた」――綿矢りさ
「性暴力被害で自分を責めてしまう仕組みを理解できる本」――小川たまか

芸能界における未成年者への性虐待、学習塾や学校の教員など、権力者や教育者による子どもへの性虐待の報道が後を絶たない。本書に綴られているような出来事が次々と明るみになり、大人はどのように子どもを守っていけばいいのか、社会の構造的な問題について、様々なところで議論されている今こそ必読の書としてUブックス版で緊急出版する。
文学好きな房思琪(ファン・スーチー)と劉怡婷は、台湾・高雄の高級マンションに暮らす幼なじみ。美しい房思琪は、13歳のとき、下の階に住む憧れの妻子ある五十代の国語教師に作文を見てあげると誘われ、部屋に行くと強姦される。異常な愛を強いられる関係から抜け出せなくなった房思琪の心身はしだいに壊れていく……。房思琪が記した日記を見つけた劉怡婷は、5年に及ぶ愛と苦しみの日々の全貌を知り、ある決意をする。
解説:小川たまか

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年5月11日

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