技術と経済成長、戦後神話の呪縛
原発事故とコロナパンデミックという二つの体験から、多くの人が大量消費と一極集中に象徴される成長主義への疑問を持つようになったのではないだろうか。物理学を学んだ科学史家として近代日本を科学技術を切り口として批判の眼で見てきた著者もその一人である。そして今後の社会の構築にあたり、科学技術立国を謳い、世界での競争に勝つことを求めて進めてきた不合理なプロジェクトの見直しが重要であると指摘する。その象徴として取り上げたのが、リニア中央新幹線計画だ。評者も以前からこの計画には技術と発想に問題を感じていたのだが、本書で実態を知り多くを学んだ。技術、自然環境、経済、社会、政治と検討は多岐に渉る。
「超電導磁気浮上式高速鉄道」であるリニアは、時速500キロが可能な世界初の鉄道ということを唯一の利点とし、他は問題山積と指摘される。そもそも、東京―大阪間を一時間で結ぶという利点も、新型コロナウイルス感染拡大下でオンライン会議やテレワークが普及した今、どれだけの意味があるか、考える必要があるだろう。計画概要に「世界一速い鉄道を実現し、世界の鉄道界をリードしたい」とある。技術者としてのこの気持ちは理解できるが、「新幹線は、安全性、信頼性、省エネ性、速達性、ネットワーク性、定時性、建設費用等の点では優れているが、リニアの方が高速性の点では優れている」という説明には、首をかしげざるを得ない。たとえば「消費電力は新幹線の4~5倍」で、その他に液体ヘリウムなども必要とある。安全性では、浮上するまではゴムタイヤで走行しているとの指摘にパンクという思いもしなかった危険の存在を知った。強力な磁気の人体への影響という未解明の重大な課題もある。しかも、さまざまな問題を解決してもなお、最速鉄道の設置を必要とし、保守が容易な所で力を発揮しなければ、その価値は評価されない。南アルプスの大深度地下に通すのは、よい選択とはどうしても思えない。
リニア中央新幹線を例に考えてきたが、本書の目的は不合理な巨大プロジェクトを進めてしまう日本社会のありようを考えるところにあり、評者もその思いを共有する。著者の『近代日本一五〇年 科学技術総力戦体制の破綻』という書に詳述されているが、現在の日本は「『技術立国・経済成長・国際競争』をスローガンにして『戦後版の総力戦』としての経済成長を成し遂げ」たという視点がこの課題を解く鍵だ。新型コロナウイルスの対処で、スローガンを掲げての理性を欠く総力戦を呼びかけられている今、これには実感がある。この先に市民の幸せのある社会はイメージできない。
最終章では、哲学、社会、経済など多分野から今出されている、今後の社会の展望の紹介と著者の提案がなされる。どれも脱成長、更には脱資本主義を提唱し、地域分散ネットワーク型の循環型社会への移行を示す。「『新自由主義』による『構造改革』が語られてから四半世紀、(中略)地方の衰退と格差の拡大、富の偏在と労働者の貧困」という現実を踏まえてのことだ。社会の崩壊を避けたいなら、地域の小さなシステムのもつ力を生かすことだと多くの人が考え、そちらに動き始めている。