書評
『満州事変とは何だったのか―国際連盟と外交政策の限界』(草思社)
抑止しえなかった第二次大戦
久しぶりに濃(こく)のある本格的な歴史書に接した。イギリスの外交史家の手になる本書は、満州事変の勃発(ぼっぱつ)にいたる過程と上海事変、満州国建国、日本の国際連盟脱退までの過程を西側の状況、とりわけイギリスとアメリカ(時にフランスも)の反応を中心に描き出す。その際著者自ら自覚しているように、あくまでも伝統的なイギリス外交史学の手法によりながら、なお国際関係論の理論的枠組みへの関心もおさおさ怠りない。著者は満州事変という極東の軍事的アクシデントを同時代史的に横へ広げ、いわばパノラマ的な展開を試みると同時に、ワシントン体制の形成からさらに十九世紀後半の西側諸国による帝国主義のゲームのルール設定まで遡(さかのぼ)り、さらに戦後のベトナム戦争にいたる長い時間軸の中に位置づける。そして外交資料に基づく手堅い実証的な分析の上に、満州事変を第二次世界大戦の直接的要因とみなす極東軍事裁判以来有力であった考え方に異を唱えるのだ。
英米が満州事変の際日本に対して断固たる強硬政策をとったならば、あの戦争は抑止しえたであろうか。著者の答えは明確にノーである。極東は西側にとって文字通り”極東”であり、手のまわりかねる地域だった。したがって西側の政策は、常にパッチワークたらざるをえなかった。国際連盟もまた集団安全保障の機構としては、あまりにも脆弱(ぜいじゃく)にすぎた。そこに軍事的冒険の可能性を有する国家が登場する時、西側諸国は到底これに有効に対処しえない。
解説で北岡伸一が指摘する通り、本書の原題「外交政策の限界」はまさにこの点に由来する。外交政策は多くの場合、腰だめで決定せねばならぬまことにきわどいものだ。だから国際協調への挑戦はいとも簡単だがその代償はあまりにも大きい。その意味で本書は単なる歴史書の域を越えて、広く現代外交を考える上でも有益な糧となるであろう。
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