書評

『靖国戦後秘史―A級戦犯を合祀した男』(毎日新聞社)

  • 2017/09/11
靖国戦後秘史―A級戦犯を合祀した男 / 毎日新聞「靖国」取材班
靖国戦後秘史―A級戦犯を合祀した男
  • 著者:毎日新聞「靖国」取材班
  • 出版社:毎日新聞社
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • 発売日:2007-08-01
  • ISBN:4620318302
内容紹介:
なぜ、どのようにA級戦犯を秘密裏に合祀したのか。記者が「まるでその場にいたかのようだ」と靖国神社関係者を驚かせた徹底取材で抉りだすA級戦犯合祀の真相。新事実で伝える「靖国問題」の決定版。

あぶり出された背後の思惑

戦後日本の右翼には不思議なことに「もう一度、英米と戦争をしなければならない」というリベンジ(復讐(ふくしゅう)戦争)派が欠落していたが、A級戦犯を合祀(ごうし)した靖国神社元宮司松平永芳氏の出自と思想的背景をあきらかにした本書を読むと、この元宮司はリベンジ派に近い思想(対英米戦争はルーズベルトに挑発された自存自衛の戦争。ゆえにA級戦犯は「戦死」した)の持ち主であり、A級戦犯合祀は「思想的営為」であったことが理解される。

越前藩主松平慶永(春嶽)直系の孫として生まれ、祖父の尊皇精神と改革の志を受け継いだ松平氏には強い影響を受けた人物が二人いた。一人は兵学校受験で浪人中だった時に預けられた皇国史観の「家臣」、元東京帝大教授平泉澄。「師弟でありながら主従でもある平泉氏との縁が、永芳氏にとっては一生の糧となった」。もう一人はB級戦犯として処刑された岳父醍醐忠重海軍中将。「不運にも無念の刑死を遂げざるを得なかった『父』の悲劇、屈辱は深く心に刻まれ、戦争裁判の否定に執念を燃やす動機の一つとなった」

とはいえ、松平氏自身は海軍機関学校出身の地味な軍歴で、戦後も防衛研修所史料係長という裏方をつとめたあと福井市立郷土歴史博物館館長に就任したのだから、もし市井の人で終わったなら、彼のリベンジ的史観が日本と世界を揺るがすことはなかったはずである。だが、現実には松平氏は靖国神社の宮司に選ばれ、A級戦犯合祀に突っ走ったのである。

となると、問題はだれがどのような経路で松平氏を靖国神社宮司にかつぎ出したのかという点に絞られるが、本書の功績の一つはこの点を明るみに出したこと。

戦後、靖国神社が宗教法人として再スタートしたとき、宮司となったのは旧皇族山階宮家出身の筑波藤麿氏だが、筑波宮司は終始リベラルな姿勢を貫き、旧軍関係者の多い厚生省援護局からA級戦犯の祭神名票が送られてきても、宙釣りにしたままにしておいた。

ところが、一九七八年に筑波宮司が死去すると、ナンバー2の池田良八権宮司の持ち上がり人事を阻止しようとする動きが現れる。急先鋒(せんぽう)に立ったのはA級戦犯合祀推進派の靖国神社ナンバー3の鈴木忠正禰宜(ねぎ)だが、両者の確執には合祀問題以外に生臭い人間的要素がからんでいた。妻同士が犬猿の仲で「鈴木禰宜は『池田宮司』の下では夫婦とも日の目を見られないと思いつめたのか、筑波宮司の社葬が終わるとすぐ『池田宮司』誕生を阻止する行動に出たのだった」。

結局、鈴木禰宜の運動が功を奏し、松平氏の招請が決まったのだが、では、この招請人事はどのようにして決まったのかというと、福井出身のタカ派の最高裁長官で、退任後に「英霊にこたえる会」会長に就任した石田和外氏の鶴の一声である。石田氏は事務局長の板垣正氏(日本遺族会の事務局長も兼務)から宮司人事の難航を聞かされると即答した。「適任がいます。松平永芳という立派な人で、松平春嶽公の孫です」。松平氏は招請を受けたときのやり取りを自らこう語っている。「松平氏『東京裁判を否定しなければ日本の精神復興は出来ないと思うから、いわゆるA級戦犯の方々も祭るべきだ』 石田氏『国際法その他から考えて当然祭ってしかるべきものと思う』」

A級戦犯合祀は靖国周辺のリベンジ・サークルで決定済みだったのである。

ところで、この靖国神社のリベンジ史観に照らすと、日米提携を謳(うた)う小泉元首相の靖国神社参拝は「論理的」に矛盾しているような気がするのだが、いかがなものだろう?
靖国戦後秘史―A級戦犯を合祀した男 / 毎日新聞「靖国」取材班
靖国戦後秘史―A級戦犯を合祀した男
  • 著者:毎日新聞「靖国」取材班
  • 出版社:毎日新聞社
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • 発売日:2007-08-01
  • ISBN:4620318302
内容紹介:
なぜ、どのようにA級戦犯を秘密裏に合祀したのか。記者が「まるでその場にいたかのようだ」と靖国神社関係者を驚かせた徹底取材で抉りだすA級戦犯合祀の真相。新事実で伝える「靖国問題」の決定版。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2007年08月26日

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