書評
『ウーマンウォッチング』(小学館)
女性の知られざる「赤ちゃん戦略」
最近、女性誌などで「大人の女」を特集することが多く、しばしばコメントを求められるが、残念ながら、今の日本で需要があるのは「子供の女」である。「大人の女」になんかなったらもてないのだ。まことに嘆かわしいかぎりだが、人間を「裸のサル」と見なして生態を観察することを続けてきた著者によると、進化の観点から見て、こうした傾向にはそれなりの理由があるようだ。著者が第一に挙げるのは、人間に特有のネオテニー(幼形成熟)、つまり幼児的な形質が大人になっても維持されるという特徴である。男は行動に、女は肉体の構造にネオテニーが現れやすい。男の方が女よりも事故に遭うのは、男が子供の遊び好きの要素を残しているためである。対するに、女のネオテニーとしては皮下脂肪を多く維持して赤ん坊に近い体型となっていることが挙げられる。男性を惹(ひ)きつける上で役にたってきたからだ。
丸みのある、皮下脂肪に覆われた人間の赤ん坊の身体に、父親はとても強く反応する。これを女性は都合よく利用し、女性が赤ん坊のような身体の特徴を多く見せれば見せるほど、いっそう保護しようとする反応を配偶者から引き出せたのである。
著者はこのネオテニーを「人間の女性の身体が多くの点で男性より進化している」証拠と見て、それを観察しようというのである。そこから本書の題名が来ている。
たとえば、西洋の女性が髪の毛を染めようとする時、九十パーセントがブロンドを選ぶが、それはブロンドが少女らしい印象を与えるためである。また、東洋人の女性は鼻を高くする手術を望むが、これは男性誘惑術の観点からは妥当とはいえない。鼻は小さいほうがより子どもっぽく見えて男心を誘うからだ。げんに西洋では鼻の美容整形といえば、それは鼻の隆起を削ることを意味する。
しかし、女性のネオテニー(赤ちゃん)戦略の最たるものはめくれた唇である。これはチンパンジーでは胎児期に現れ、以後、消えてしまう特徴である。つまり、人間の女性は進化をその段階で止めることで、より赤ちゃん的に見えるよう(つまり男を惹きつけるよう)工夫したのである。
一方、丸く大きく膨らんだ乳房というのもチンパンジーには見あたらない要素である。チンパンジーは授乳期間以外には乳房は平らである。この意味で人間の乳房の膨らみは赤ん坊が口に含むための形状ではなく(哺乳瓶の形を見よ)、むしろ成人男子のためである。すなわち、セックスアピールが目的なのだ。
では、人間の女性の乳房はなぜ膨らんできたのか? 二足歩行のためである。
たいていの状況で、人は直立して正面から相対する。女性が男性と向かい合って立つとき、女性の尻信号は隠れて見えないが、胸に一対の模擬臀部(でんぶ)が進化したおかげで、相手に背を向けることなく原始的性信号を送りつづけることができる。
しかし、ここまで来て、一つの疑問が生じる。性信号であるためには、なぜ、乳房は膨らんでいなければならないのか? じつは、これもまたネオテニー(赤ちゃん)戦略なのである。膨らんだ乳房というかたちで皮下脂肪を蓄えておけば、より赤ちゃんに見えて男心を誘うというわけだ。
子どものような顔で巨乳という、ほしのあきのようなタレントがもてはやされるのも人類の進化のしるしなのだろうか? 著者ならきっとその通りというにちがいない。(常盤新平・訳)
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