書評

『娼婦』(藤原書店)

  • 2020/04/05
娼婦 / コルバン・アラン
娼婦
  • 著者:コルバン・アラン
  • 翻訳:内村 瑠美子,杉村 和子,国領 苑子,岩本 篤子,門田 真知子
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(626ページ)
  • ISBN-10:4938661209
  • ISBN-13:978-4938661205
内容紹介:
フランス第三共和政下の売春は、社会・経済構造の変化の影響下で、男たちの性的な感性も変化し、精液の排水溝ではなくなっていった。ブルジョワ風の家庭的親密さが広まり、ある種の性の粗略な扱われ方は次第に姿を消し、性関係に心情という粋な味つけが求められるようになった。娼婦の許へ足を向けることは、望ましくないが次善の策と考えられるようになり、この場合にも、相手との人間らしい出会いを大切にしながら性的渇きをいやそうとした。売春婦との関係においても、性交そのものよりもエロチスムが大きな意味をもつようになった。との変容を追求した売春の社会史。

姿をくらますエロス

規制をするからはみだす。相手は「世界最古の職業」である。近代ブルジョア思想の成立以前から、いたるところに生きていた。なくてもいいという性質のものではないらしい。糞尿処理が人体にとっても社会にとっても必要であるように、娼家という「精液の排水溝」も社会にとって、ここではとりわけ十九世紀ブルジョア社会にとって、不可欠と思われた。たれ流しはいけない。厳密に設計され、隔離されて、一望監視のきく「精液の排水溝」でなければならない。そういえばマレーネ・ディートリッヒもいった。「娼家のない国は便所のない家のようなものだ」

そこで十九世紀フランスに、ブルジョア社会でもっとも早い公娼制度が成立した。規制と隔離による売春の監視。しかし相手は生き物なので、規制をしてもはみだす。公娼というものをつくるから気楽な稼業の私娼がはびこる。やがては公娼も脱走し姿をくらまして、別のどこかでまたはじめる。規制とはみだし、監視と脱走のイタチごっこだ。時代の好みも変わる。即物的な「精液の排水溝」にあきがきて、娼家は世紀末の特殊な好みに見合う高級サロンに変貌し、人妻の姦通不倫の場ともなる。とともに公娼制度は時代後れとなり、代わって梅毒恐怖を口実とする保健衛生主義が監視の主役となる。あらゆる口実のもとに娼婦の監視は続く。ブルジョアジーは、彼女たちとの境界設定を通じてはじめて自己の「健全な」身体を認識するからだ。

梅毒が治療可能になるとともに、保健衛生主義の監視も無意味になる。応じて売春規制も消滅したかに見えたが、エイズの出現とともにフランスでは公認娼家復活案が持ち上がった。一九七四ー五年には、リヨンの売春婦たちが「自分たちに向けられるまなざし」を変えたいという要求をかかげて教会を占拠した。七〇年代のこの運動はしかし、売春という職業の市民権請求とも見えかねず、売春婦はいまや快楽のテクノロジーの担い手となるか、「単調な生活への体当たり的反乱」の表現として生きるかの、予断を許さぬゆれのなかにあるという。

十九世紀ブルジョア社会の成立とともにはじまる身体の監視装置が、法的規制、予防医学、テクノロジーと次つぎに手立てを変えながら、そのつどエロティシズムの総体をつかまえそこなう「歴史」を、それこそ一望のもとにまとめてみせた。

【新版】
娼婦 〈新版〉  / アラン・コルバン
娼婦 〈新版〉 
  • 著者:アラン・コルバン
  • 翻訳:内村 瑠美子,国領 苑子,杉村 和子
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(299ページ)
  • 発売日:2010-11-17
  • ISBN-10:4894347687
  • ISBN-13:978-4894347687

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【この書評が収録されている書籍】
遊読記―書評集 / 種村 季弘
遊読記―書評集
  • 著者:種村 季弘
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(268ページ)
  • ISBN-10:4309007767
  • ISBN-13:978-4309007762

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娼婦 / コルバン・アラン
娼婦
  • 著者:コルバン・アラン
  • 翻訳:内村 瑠美子,杉村 和子,国領 苑子,岩本 篤子,門田 真知子
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(626ページ)
  • ISBN-10:4938661209
  • ISBN-13:978-4938661205
内容紹介:
フランス第三共和政下の売春は、社会・経済構造の変化の影響下で、男たちの性的な感性も変化し、精液の排水溝ではなくなっていった。ブルジョワ風の家庭的親密さが広まり、ある種の性の粗略な扱われ方は次第に姿を消し、性関係に心情という粋な味つけが求められるようになった。娼婦の許へ足を向けることは、望ましくないが次善の策と考えられるようになり、この場合にも、相手との人間らしい出会いを大切にしながら性的渇きをいやそうとした。売春婦との関係においても、性交そのものよりもエロチスムが大きな意味をもつようになった。との変容を追求した売春の社会史。

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朝日新聞 1991年3月30日

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