書評

『悪い娘の悪戯』(作品社)

  • 2017/10/04
悪い娘の悪戯 / マリオ・バルガス=リョサ
悪い娘の悪戯
  • 著者:マリオ・バルガス=リョサ
  • 翻訳:八重樫 克彦,八重樫 由貴子
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(432ページ)
  • 発売日:2011-12-23
  • ISBN-10:4861823617
  • ISBN-13:978-4861823619
内容紹介:
50年代ペルー、60年代パリ、70年代ロンドン、80年代マドリッド、そして東京…。世界各地の大都市を舞台に、ひとりの男がひとりの女に捧げた、40年に及ぶ濃密かつ凄絶な愛の軌跡。ノーベル文学賞受賞作家が描き出す、あまりにも壮大な恋愛小説。

裏切り続けるヒロインの愛しさ

育ちの良い教養ある男が、美しく欲の深い娘に惚(ほ)れぬき、さんざん翻弄されて各地を巡りながら堕(お)ちてゆく……といったファム・ファタール(運命の女)物語は、ある意味、男性にとって極上の悪夢であり、陶酔を誘う永遠の夢なのだろうか。『マノン・レスコー』然(しか)り、『ロリータ』然り。バルガス=リョサは先行作『チボの狂宴』で、ドミニカ共和国の独裁者を題材にした政治サスペンスにラブストーリーの要素をまぶし、視点と時間をシャッフルするという技巧を駆使して、三人称多視点小説の大傑作に仕上げた。さて、作者初の「官能小説」と噂された本作『悪い娘(こ)の悪戯(いたずら)』は、それとは正反対のシンプルな構成と作風にして、これまた素敵(すてき)な傑作と言わねばならない。

1950年代、ペルーのリマで語り手の「僕」は「チリ出身のリリー」と出会いぞっこんになる。やがて軍事政権が樹立、彼女は60年代のパリでは左翼ゲリラ兵士として「僕」の前に現れ、のちに外交官夫人となって舞い戻り、70年代のロンドンでは大富豪夫人に出世し、80年代の日本では怪しげな貿易商の愛人……と、このニーニャ・マラ(悪い女)は40年の間に次々に身元と名前を変え、「僕」から欲しいものを手に入れると行方をくらます。早くに両親を亡くしエグザイル(国外生活者)となった「僕」は、一言も寂しいなどと漏らさないが、その孤独は深い。背景にあるペルーの政情や革命運動、そしてヒッピー文化と学園紛争。それぞれの経緯のなかで相次いで親友を失っていく。さらに本作が心の最も暗い闇に分け入っていくのが、村上春樹作品に出てくる邪悪人のような日本人とニーニャ・マラとのおぞましい関係が描かれるあたりからだ。

ニーニャ・マラにかかれば、全ての人間関係は金銭あるいは生活保障を媒介として「授受」される。それをおめおめと赦(ゆる)すのは余程(よほど)のウツケというものである――。

ところが、ところが、しまいにはこの世界を股にかけた裏切り劇が、愛ゆえに意地を張り通そうとする壮大な「悪戯」だったように思えて、このヒロインが愛(いと)しくなってくるのだから、ああ、やっぱり「悪い娘」は怖い。バルガス=リョサも怖いほどうまい!
悪い娘の悪戯 / マリオ・バルガス=リョサ
悪い娘の悪戯
  • 著者:マリオ・バルガス=リョサ
  • 翻訳:八重樫 克彦,八重樫 由貴子
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(432ページ)
  • 発売日:2011-12-23
  • ISBN-10:4861823617
  • ISBN-13:978-4861823619
内容紹介:
50年代ペルー、60年代パリ、70年代ロンドン、80年代マドリッド、そして東京…。世界各地の大都市を舞台に、ひとりの男がひとりの女に捧げた、40年に及ぶ濃密かつ凄絶な愛の軌跡。ノーベル文学賞受賞作家が描き出す、あまりにも壮大な恋愛小説。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2012年2月12日

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