書評

『精霊たちの家』(国書刊行会)

  • 2017/11/21
精霊たちの家 / イサベル アジェンデ
精霊たちの家
  • 著者:イサベル アジェンデ
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(426ページ)
  • 発売日:1994-05-01
  • ISBN:4336036128

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イサベル・アジェンデ(Isabel Allende 1942- )

チリ出身、ベネズエラへの亡命を経て、現在はアメリカ在住の作家。ベネズエラ時代、ジャーナリストとして活躍しながら『精霊たちの家』(1982)を書きあげ、この一冊でラテンアメリカを代表する現代文学の寵児との評価を得る。そのほかの著作に『エバ・ルーナ』(1987)、『天使の運命』(1999)、『神と野獣の都』(2002)、短篇集『エバ・ルーナのお話』(1989)、ノンフィクション『パウラ、水泡(みなわ)なすもろき命』(1994)などがある。

introduction

「恩田陸は現代の語り部である」というのが、笠井潔氏の見解である。その場にいた全員が即座に頷いたが、じゃあ、ほかに語り部たる資質を持っているのはだれだろうというと、なかなか名前があがらない。みんなでしらばく顔を見あわせていると、ミステリ雑誌の編集長Kさんが「イサベル・アジェンデ!」と声をあげた。そうだ、そうです、よくぞ思いだしてくれた。恩田陸は先行する小説や映画のエッセンスを自家薬籠中のものとして新しい物語をつむぐわけだが、アジェンデはさまざまな読書に加えて、幼いころ住んでいた家の地下室にしまいこまれていた昔の品々も想像力の糧になったらしい。古いラブレター、旅行日誌、ベンガル虎に脚をかけたハンターの写真……。アジェンデの作品には、パンドラの箱のように色とりどりの記憶がつまっている。

▼ ▼ ▼

日常こそがぼくの敵だった。それは怠惰低脳鈍感下劣なる泥濘であって、そんなものに浸かっているから人間は駄目になるのだと思っていた。日常から抜けだすために、知性を磨き、想像力を鍛え、権力をとことん憎もうと、心に誓った。純情だったのだ。その姿勢は基本的なところでは変わっていない。たとえば、勝ち組でも負け組でもしょせんは組員であり、勝ち犬であろうが負け犬であろうが犬は犬にすぎない、みんなバカだ、と思う。ちょっと話がずれている気もするが、右にならえの価値観には唾をかけよう。

日常というものが軽視できないと思いなおしたのは、いつのころだろう。想像力と日常性とが相反するものでないことは、大原まり子の『処女少女マンガ家の念力』があっさりと示してくれた。この本を、ぼくらの世代(の一部)はひととき、福音書のように受けとめていて、その感覚は角川文庫版の解説で大森望がうまく伝えている。しかし、この作品は、いまはその魅力の多くを失っている。あらかじめ古びることが決まっていたからこそ、この本はあれほど輝いていた、というのがぼくの理解だ。それも、おそらく日常性ということと無関係ではない。

大原作品とは異なるアプローチで、日常性と想像力とがつながるありさまを描いたのが、イサベル・アジェンデの『精霊たちの家』だ。この作品では、非現実的でファンタスティックな出来事は、彼方からやってくるのではなく、日常のなかでこそあらわれ、そしてまた日常のなかへと埋没していく。

物語はチリの激動期を生きぬいた家族の年代記であり、おびただしい人物が登場するのだが、つねに中心にいるのは超能力を持つクラーラである。彼女は、夢で未来を占い、精霊たちとおしゃべりをし、念じるだけでテーブルの上の燭台やグラスを動かすことができる。その力たるや、有名な超能力者であるモラ三姉妹さえも引きよせるほどだが、この不思議な力によって世界が変わるわけではない。せいぜい彼女の占いに頼った庭師が、賭博で八十ペソを儲けたくらいだ。そんな金は、服を買って、一晩ドンチャン騒ぎをすれば、溶けるように消えてしまう。

けっきょく、クラーラの超能力は、姉ローサの天使とみまごうばかりの美貌や、叔父マルコスのむこうみずな冒険癖とおなじように、その人物を特徴づける個性にすぎない。人々は、彼女の予言を畏れ、念動力に肝をつぶす。しかし、その“驚異”は、海のむこうから連れてこられた毛むくじゃらの動物バラバース(犬ということだが、子馬ほどの大きさで、ワニのような爪や歯が生えている)や、マルコスがアメリカから取りよせたプロペラ機でおこなった飛行実験とおなじ程度のものなのだ。

やがて、マルコスは旅先で疫病に罹り、全身が羊皮紙のようになって息を引きとり、ローサも父の政敵が仕組んだ毒で命を落とし、ローサが解剖されるさまを覗きみたクラーラは、誰とも口をきかなくなった。九年間つづいた彼女の沈黙を破ったのは、「わたし、結婚するわ」という予言だった。しばらくして、かつてローサの婚約者だったエステーバンが、クラーラを娶りにやってくる。彼は広大な農園の所有者で、小作人からは暴君のように恐れられていた。若い娘を手あたりしだい陵辱し、たくさんの私生児の父だったが、クラーラは意に介したようすもなく嫁ぎ、ふたりのあいだにはブランカという女の子と、ハイメとニコラスという男の双子が生まれる。

家には精霊がやどり、乳母や義姉は信心ぶかく、農夫たちは迷信にとらわれている。そんな場所でも、時代の歯車は確実にまわっていく。チリ全土を襲った地震で家は倒壊し、自由平等の思想が農場にも入りこんでくる。ブランカは農夫の子と恋に落ち、父娘のあいだに溝が広がる。やがて、台頭する社会主義勢力と闘うため、エステーバンは保守党の議員として政治に乗りだす。不安と希望、そして焦燥が、この国の空をおおっていた。

ブランカは母親の手伝いをしながら、いつもならカーテンの影から出てくるはずの亡霊が姿を見せないことや、薔薇十字団員が第六感の働きで、腹を空かせた詩人が生活苦からクラーラの帰っていることに気づいて現われるはずなのに、いっこうに姿を見せないことに気づいた。彼女の母親はどうやらごく普通のありふれた母親になってしまったようだった。

「すっかり変わってしまったわね、母さん」とブランカが言った。

「変わったのはわたしじゃなくて、世界なのよ」とクラーラは答えた。

しかしクラーラの能力は完全に失われたわけではない。家族が首都に移り住み、エステーバンが政治的権力を握ったのち、彼女は息を引きとるが、それからも霊となって、ずっと家族を見守りつづける。

作品のなかでクラーラ本人よりも重要な役割を果たすのが、彼女が幼いときからつけていたノートだ。家族に起こった出来事がつぶさに綴られたノートがなければ、〈語り手〉はこの年代記を編みあげることはできなかった。ここにひとつの仕かけがある。つまり、物語そのものは過去から未来へ、大きな河のように流れているが、随所に未来から過去を眺める〈語り手〉の視線が潜んでいるのだ。たとえば「やがてその言葉どおりになるのだが……」という文章が、その遡行する視線を感じさせる(はたして〈語り手〉がだれなのかという謎も、この作品の趣きを与えている)。さらに、クラーラの予言が未来を引きよせ、作品中に挿入されたエステーバンの回想が過去を別な色で染めあげていく。ありふれた日常のなかで波乱万丈な事件が継起するように、アジェンデの語りは素直でのびのびとした表情のしたに、さまざまな音色の声を響かせる。

【新版】
精霊たちの家 上 (河出文庫) / イサベル アジェンデ
精霊たちの家 上 (河出文庫)
  • 著者:イサベル アジェンデ
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(349ページ)
  • 発売日:2017-07-06
  • ISBN:4309464475

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【この書評が収録されている書籍】
世界文学ワンダーランド / 牧 眞司
世界文学ワンダーランド
  • 著者:牧 眞司
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(397ページ)
  • 発売日:2007-03-01
  • ISBN:4860110668

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精霊たちの家 / イサベル アジェンデ
精霊たちの家
  • 著者:イサベル アジェンデ
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(426ページ)
  • 発売日:1994-05-01
  • ISBN:4336036128

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