子ども時代の記憶の箱を開ければ
グリコのおまけ、について長いこと誤解していた。昭和二十一年生まれの僕にとって、「渡辺のジュースの素」が出るまでの長い間、お菓子というとカバヤかグリコのキャラメルだった。森永も明治もあったが、「カバヤ文庫」と「グリコのおまけ」の魅力には抗しようもなかった。で、カバヤ文庫と同じようにグリコのおまけも、戦後のある時期の出来事と思い込んでいたのである。僕だけじゃなくて、グリコのおまけは自分たちの少年時代のものと思っている人は多いにちがいない。『グリコのおまけ』(筑摩書房)を読んで驚いたが、とんでもなく歴史は古く、大正十一年には絵力ードが入りはじめ、昭和二年にはもう豆玩具になっている。今年は、誰も言ってないが、グリコのおまけ生誕七十周年(事務局注:本原稿は1992年前後に執筆されたもの)なのである。その間、あの小さな箱に詰められたおまけの種類はおよそ一万種という。
この本はそうした一万種の中から、およそ七百種類を原物大の写真で収めた本である。小さな本だが、活字も写真も印刷も装頓もとてもていねいで、本全体に懐かしい風合いがあり、グリコのおまけの乗り物としてはとても合っている。
まず、巻末の年表から読みはじめる。「昭和28年、手包装を要するハート型のグリコが角型に変わる」と書いてあってとまどう。僕は四角なキャラメルしかなめた記憶がない。「昭和28年ー32年、モールが当時の新しい素材として登場」。これは知っているが、箱を開けてモールのキリンや犬が出てくると“チェッ”だった。
「気にいったオモチャが入っておれば得をした気分になれるが、しょうもないのが入っていると一日気分が悪い。そしてもう一つ明くる日買うと同じモノが入っていたら、もうグリコは卒業したいと考える。最悪なのが女の子向けの人形さんが入っていた時だ」(川崎ゆきお)
まことにその通りでした。
およそ七百種が、「きせかえにんぎょう」「転写シール」「ブローチ」「三輪トラック」「おかあさんの台所」「銅製メダル」などなどに分類されて次々に登場するのだが、意外にも確かに記憶に残っている品物が一つもない。漠然とはあるが、あっこれこれ、というのがない。確かに覚えているのは、すぐ捨てた女の子用のモールだけ。
読者の皆さんも、子供時代の記憶の箱を開けてみてください。どれだけ覚えているか……。
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