書評

『吉田松陰: 「日本」を発見した思想家』(筑摩書房)

  • 2017/12/31
吉田松陰: 「日本」を発見した思想家  / 桐原 健真
吉田松陰: 「日本」を発見した思想家
  • 著者:桐原 健真
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:新書(248ページ)
  • 発売日:2014-12-08
  • ISBN:4480068074
内容紹介:
2015年大河ドラマに登場する吉田松陰。維新の精神的支柱でありながら、これまであまり紹介されなかったその思想家としての側面に初めて迫る画期的入門書。

異なる価値観の雑居する世界構想育む

今年のNHKの大河ドラマは「花燃ゆ」(事務局注:本書評執筆は2015年)。幕末長州藩の志士・吉田松陰の妹・文が主人公である。家族も含めた松陰の生き様を知りたければ、一坂太郎『吉田松陰とその家族』(中公新書)を読めばよい。松陰の家族の写真をふんだんに盛り込んで解説している。文の最初の夫・久坂玄瑞に「隠し子」秀次郎がいて、維新後の明治2(1869)年に6歳で認知されたことや、その顔写真まで丁寧に掲載しているから親切である。

しかし、ここで紹介する新書は、大河ドラマの放映開始直前に出版されながら、専門書に近い硬質な内容をもっている。松陰の「思想遍歴」を追って論じた思想史の本であり、この本を読めば、松陰が、どのようにして松陰になったのかがわかる。専門家なら付箋をつけながら『松陰全集』で松陰の論策や書簡を精密に読めばよいが、松陰の書いた幕末の文章は難しいから、一般教養としては、本書に松陰の思想案内をしてもらえばよい。

松陰は西洋列強の軍事技術の優位性をみとめ、それを日本の防衛に役立てるために、自ら学ぼうとし、ペリーの黒船に小舟で漕(こ)ぎ寄せ、「西洋に連れて行け」と密航の交渉をして、牢獄(ろうごく)につながれた。しかし、本書によれば、二十歳になるまでの松陰は、ふつうの武士同様、日本の砲のほうが西洋の砲より優れていると信じていた。松陰が変わったのは二十一歳時に長崎に行き、オランダ船に乗艦し、オランダ人に酒とビスケットをもらい、パンをみてからである。本書は、松陰の読書体験と実体験を追い、何を読み、何をした結果、松陰がその思想をいだくに至ったかを見事に描き出している。

一般には、あまり知られていないが、松陰はペリーへの密航交渉が失敗して囚(とら)われると獄中で『幽囚録』という論策を書き、「蝦夷を開墾して諸侯を封建し、間に乗じて加摸察加(カムチヤツカ)・隩都加(オコツク)を奪ひ、琉球に諭し、朝覲会同(ちょうきんかいどう)すること内(うち)諸侯と比(ひと)しからしめ(国内諸侯と同じく参勤させ)、朝鮮を責めて質を納(い)れ貢を奉ること古の盛時の如(ごと)くならしめ、北は満洲の地を割(さ)き、南は台湾・呂宋(ルソン)の諸島を収め、漸(ぜん)に進取の勢を示すべし」と説いた。松陰の門下生によって担われた大日本帝国が、この松陰の教えを忠実に実現した。この話は専門家の間では常識だが、戦後の小説やドラマでは、松陰を日本帝国主義思想の元祖にしないよう、なるべくふれないできた。

ただ本書は深い。松陰が帝国主義者か否かとの平板な議論を超えて、最後に、松陰が思った世界のあるべき国際秩序観を復元しようと試みている。そして、松陰は世界諸国の固有性が「雑居」する状態を構想した。西洋には、小国なのに主権国家として存在する国もある。日本らしさなどの固有性をもったまま、国々が「自他一同雑居」する「五大洲公共の道」を松陰は考えていたというのである。思えば、日本の学者は世界に冠たる強大国の思想にかぶれやすい。昔は中国、今は米国が憧れの的である。「ふつうの国」「グローバル・スタンダード」と、あたかも、それが全世界を覆う普遍原理であるかのようにいう。長州藩の儒者・山県太華も「天地の間には一理しかない」と朱子学の普遍主義を唱えた。一方、松陰は、日本(神州)には日本の国体があり、異国には異国の国体があるとした。異なる価値観が全世界で衝突し、悲惨な事件や戦争が相次ぐ今日、松陰の異なる価値観の雑居する世界構想は、どのように育まれたのか。本書の思想的な問いかけは重大かつ壮大なものである。
吉田松陰: 「日本」を発見した思想家  / 桐原 健真
吉田松陰: 「日本」を発見した思想家
  • 著者:桐原 健真
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:新書(248ページ)
  • 発売日:2014-12-08
  • ISBN:4480068074
内容紹介:
2015年大河ドラマに登場する吉田松陰。維新の精神的支柱でありながら、これまであまり紹介されなかったその思想家としての側面に初めて迫る画期的入門書。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2015年2月8日

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